花の簡易(安易)デジカメ紫外線写真

紫外線透過・可視光線遮断フィルターとコンパクトデジカメを組み合わせ、太陽光を光源として簡易・安易な「ほぼ紫外線写真」(可視光線のほとんどを遮断し、近紫外線の反射率を強調するように撮影したもの)を撮ることができる。

シロタエヒマワリシロタエヒマワリ
シロタエヒマワリ(キク科)の頭花。舌状花の基部1/3が、外側と比べて暗く見える。肉眼ではともに濃褐色の葯と柱頭だが、葯の方がずっと暗く見える。Caplio GX

Pelargonium園芸品_紫外線写真
ペラルゴニウム属(Pelargonium)テンジクアオイ系の園芸品(フウロソウ科)の花と簡易紫外線写真。上の2枚の花びらは、下の3枚と比べて、形と色合いの差はわずかだが、紫外線の吸収パターンが大きく違う。 CASIO QV-2000UX

ナノハナナノハナ
菜の花(セイヨウカラシナ)(アブラナ科)の花。花びらの基部1/3くらいが紫外線を吸収する。花びらの脈も黒く見える。Caplio GX

サブページ
  1. さまざまな花の簡易紫外線写真:
    植物形態学: 紫外線透過フィルタで撮った花 (高画質)
    植物形態学: 紫外線透過フィルタで撮った花 (軽量)
  2. デジタルカメラと近紫外線・近赤外線
  3. 簡易紫外線写真: 撮影方法についてのメモ
  4. 簡易紫外線写真: 画像処理についてのメモ
  5. 紫外線・赤外線写真用データ集
昆虫の視覚と紫外線

太陽光線は、人間が感じることができる可視光線(波長400~780nm; )よりも波長の短い紫外線A(UVA 315~400nm)を含んでいる()。ハチやチョウは紫外線Aを見ることができることが知られている。

モンシロチョウモンシロチョウの雄(左上)と雌(右下)の近紫外線写真。雄の翅の方が全体的に紫外線を吸収する。
(画像をクリックすると可視光の写真)

対応して、花の中には、花冠に紫外線を反射する部分と吸収する部分があって、昆虫の誘引や誘導のための模様としてはたらいているものがある。たいていは、花の中心の花粉や蜜があるあたりが吸収部、その回りが反射部で、中黒、あるいは目玉模様のパターン(英語では「的の中心」を意味する“bull's-eye UV pattern”)を示す。紫外線を見ることが出来る昆虫にとっては、このような模様も視覚への信号となり、花の目印となる(植物形態学: 6-4. 動物媒花:誘引)とともに、花粉や蜜がある花の中心部を指し示している(植物形態学: 6-8. 動物媒花:制御)。

人間の視覚と紫外線
眼の断面図桿体・錐体

人間の視覚は紫外線を捉えることはできない(可視光線)。人間の錐体や桿体、とりわけ青に感度のピークを持つS錐体は、近紫外線を吸収する(桿体・錐体の光吸収曲線)が、近紫外線の多くは錐体に届く前に水晶体・角膜に吸収される(水晶体の光吸収曲線)。しかし、昆虫だけでなく、鳥・ネズミ・トカゲにも、近紫外線を見ることができるものがいて、交配や餌の探索に使っていると考えられている。これらの動物の眼は、人間と共通の基本構造を持っているから、水晶体・角膜の性質は、紫外線が見えないことの至近要因(生理学的な説明)にはなっても究極要因(進化的な説明)にはならない。

紫外線が見えないため、花やチョウの翅に見られる信号を見ることができない。それに相応しい、「見えないことのメリット」があると考えられる。

  1. 紫外線はDNAやタンパクの分子に損傷を与える可能性がある。だから、角膜による紫外線の吸収は水晶体・網膜の損傷を防ぎ、水晶体による紫外線の吸収は網膜の損傷を防ぐ。水晶体や網膜の寿命を長くすることは、人間のように寿命の長い生物にとっては重要だ。
  2. 波長が短い光ほど、大気の分子や微粒子によって散乱しやすい。そのため、遠くの景色は青く霞んで見える。もし、紫外線が見えるとすると、遠くの景色はいっそう強く「紫外線色」に霞んで見えることになる。実際に、近紫外線で撮影した風景は、全体に霞んだようにぼやけている(近赤外線の風景・近紫外線の風景(1)(2))。
    以前のカメラレンズは紫外線を反射するコーティングの性能が不足で、晴天時の遠景撮影では、フィルターで紫外線をカットする方がくっきりとした画像が得やすかった。
  3. 見える波長域が広がるほど、レンズを通る光の色収差(波長による屈折率の違いからくる焦点の小さなずれ: キヤノンシグマ光機)が大きくなり、像がぼけやすくなる(→近紫外・近赤外撮影と色収差)。
    カメラ・顕微鏡などの対物レンズでは、屈折特性が異なる複数のレンズを組み合わせて色収差を小さくしている。脊椎動物の眼球も、レンズとしては角膜・水晶体・硝子体の複合体(目 - Wikipedia)だが、相当の色収差があって(chromatic aberration human eye - Google Scholar)、ソフト的に補正している。だから、波長域が広いほど、補正に要する時間とエネルギーは大きくなる。
デジカメによる紫外線撮影

太陽光下で、紫外線を透過して可視光線を遮るフィルター(紫外線透過フィルター: U-330~360SZWB1~3など)をカメラに装着して撮影することで画像化することができる。紫外線撮影専用のカメラと比べると条件面で著しく不利だが、市販のデジカメを使うと、銀塩カメラよりずっと手軽・安価になる。結果の厳密さは劣るが、可視光での見え方との違いは十分に検出可能だ。

Ultraviolet Transmitting, Visible Absorbing Filters (HOYA OPTICS)
工業用標準フィルター5 (ケンコー光学)

五百川・大悟法(2003)はデジタルビデオカメラを使ってヘビイチゴとオヘビイチゴの紫外線画像を撮影し、銀塩カメラによる方法と同様の結果が得られることを示した。また、松本(2003)は春に咲く植物7種のデジタル(スチル)カメラによる紫外線写真について報告している。デジカメによる紫外線写真を扱っているウェブサイトも国内外にあり、Ultaviolet Photography in Colourの情報量は圧倒的だ。


参考文献・ウェブサイト
おもにデジタルカメラによる花の紫外線写真
  1. 五百川裕・大悟法滋 2003 デジタルビデオカメラを用いた紫外線画像の観察と撮影. 植物地理・分類研究 51: 69-72
  2. 松本省吾 2003 理科教材としてのデジタルカメラを用いた春の花の紫外線写真. 岐阜大学教育学部研究報告(自然科学) 28: 11-17: Canon EOS D60 (630万画素のデジタル一眼)+U-360
  3. 松本省吾 2005 花の紫外線写真の教材化. 岐阜大学教育学部研究報告(自然科学) 29: 1-6: Canon EOS D60・EOS Kiss Digital (630万画素のデジタル一眼)+U-360
  4. 海野和男のデジタル昆虫記: ナノハナ | フクジュソウ | 紫外線が撮れるUVニッコール | モンシロチョウ 1 2 3
  5. 埴沙萠の植物記・絵日記: ホオノキ | クサノオウ | アマチャ | ヤブガラシ | ハナグモ | ヒマワリの花とハナグモ | ヒマワリ(機種による画像の差について) | ネコヤナギ | ホオノキ | ヤマブドウ | ヤブデマリ
  6. 紫外線カラー写真 (横澤文男氏)
  7. -THESE DAYS- (中島宏章氏): エゾリュウキンカ | フクジュソウ | キバナノアマナ | カタクリ | ナニワズ
  8. 紫外光カラー化カメラ“ビーカム” (NHK)
  9. 紫外線写真@Bonryu_Club (凡龍[Tatsuoki Takeda]氏)
  10. 「虫の目」写真の試み「虫の目」写真の試み(その2)「『虫の目カメラ』で遊ぼう@I.T.C ONSEN KIDS (小泉伸夫氏): 420nmにピークを持つバンドバスフィルター(FUJIFILTER BPB-420)を使った例
  11. Ultaviolet Photography in Colour (Bjørn Rørslett氏): All You Ever Wanted to Know About UV and IR Photographyは、デジカメによる紫外線・赤外線写真のまとまった技術的解説。また、圧巻はFlowers in Ultra-Violetで、80種近くの花の通常写真と紫外線写真の比較があり、紫外線写真で見られるパターンの強さによる格付けもされている。Nikon D1シリーズ (274~530万画素のデジタル一眼)+HOYA U-360
  12. Ultraviolet Flower Photography (Dr. Jeremy McCreary)
  13. Filters for Infrared (IR) and Ultraviolet (UV) Photography (Dr. Jeremy McCreary)
  14. Reflected Ultraviolet Digital Photography with improvised UV image converter (Prof. Andrew Davidhazy)
花の紫外線写真・紫外線反射パターンに関する話題・解説
  1. Robert E. Silberglied. 1979. Communication in the ultraviolet. Ann. Rev. Ecol. Syst. 10:373-98
  2. Ultraviolet Photography (Flowers) (Ivan Mikšík氏)
  3. Reflected Ultraviolet Photography (Profs. Robin Williams and Gigi Williams)
  4. UV Photography (Dr. James L. Hanula)
  5. Ultraviolet Nature Photography (Dr. Thomas H. Hogan)
  6. 田中肇 1982 紫外線写真による花の観察. ミツバチ科学 3巻3号 p.117-118
  7. Flowers in the UV
  8. What do butterflies see? (speculation) (Institute for Dynamic Educational Advancement [IDEA])
  9. Naruhashi N & Ikeda H. 1999. Variation in nectar guides in Himalayan Potentilla (Rosaceae). In: Ohba H (ed.) The Himalayan Plants 3 (Bulletin No. 39, the University Museum, the University of Tokyo).
  10. 埴沙萠の植物記・5 紫外線と花と虫と
  11. PHOTO ESSAY -69- 花が美しい理由 (広島大学・大村尚氏)
  12. 虫から見た花 (東北大学・植物進化学研究室)
  13. Cornell News: flower chemical deterrents | Flower chemicals attract some insects but deter others with toxic warning
  14. Gronquist M & al. 2001. Attractive and defensive functions of the ultraviolet pigments of a flower (Hypericum calycinum) PNAS 98 (24): 13745-13750.
  15. フラボノイドとカロテノイドの非破壊分析[PDF]
    トルコギキョウ花弁の黄色系フラボノイドの非破壊検出法
    紫外光と青色光を用いた花弁中のフラボノイドとカロテノイドの簡易判別法
    (独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構 花き研究所): 花びらの黄色系色素を近紫外線・青色光の反射・吸収特性で検出する試み(フラボノイドは紫外線吸収・青色光反射、カロテノイドは紫外線反射・青色光吸収)
その他
  1. Adriana D. Briscoe and Lars Chittka. 2001. The evolution of color vision in insects. Annu. Rev. Entomol. 46:471-510 Abstract
  2. Ultraviolet light, spectral sensitivity,... (Prof. Stark, W.S): 白内障の治療のために水晶体を摘出した場合、近紫外光が青白く感じられることがあるという
  3. Hacking flower signals (The Scientist Inc.)
  4. 第4回種子散布研究会「鳥の色覚と果実の色彩戦略」要旨 (種子散布研究会): 日本生態学会第52回大会(2005/03)自由集会
  5. ツバメの紫外線羽色における性的二型性 (有馬浩史・須川恒・太田貴大各氏)
  6. ウロコアシナガグモの紫外線写真 (せきね みきお氏)


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