「○○で訪花動物をひき寄せる」というとき、○○には動物が求めているもの自体である場合と、求めているもののありかを示す信号である場合とがある。この項では信号の方、求めるもの自体の方は次項で扱う。
訪花動物に花の存在を知らせ、導くため、動物媒花は動物のさまざまな感覚に対する信号を作り出している。花の形・模様・色は視覚に対する信号、匂いは嗅覚に対する信号で、この2つが最もふつうに見られる。
キューバに分布するMarcgravia eveniaは聴覚に訴える珍しい例で、花序の真上に巨大なスプーンのような葉が直立し、送粉者のコウモリが発する超音波を効率的に反射する。
「目立つ」ための最も基本的な条件は、次の3つだ。
面積が広くて目立つ花被は、一方では軽くて弱い。薄い細胞壁と長い突起をもつ細胞による海綿状組織で、細胞間隙が大きな容積を占めている。このような構造は、少ない資源で見かけを大きく見せることに貢献している。
花の場合、自身の葉や茎との対照(コントラスト)が強いことが有利だ。花冠をはじめとした誘引の役割を持つ器官は、緑色よりも波長が短い色(青~紫)あるいは長い色(黄~赤)を持つものが多数を占める。
花は「花序」と呼ばれる専用のシュートにつくことが多い。花序は、同じ個体の葉から飛び出しており、ふつうの葉より小さい葉しかつかない傾向がある。
春に咲く落葉樹では、芽吹き前や芽吹き直後の葉が拡がる前に咲くものがしばしば見られる。
花の色を決めるのは、主に色素・細胞間隙・表面構造の3つだ。
花の色をつくる多種多様な色素は、クロロフィルを除いて主に次の3つの分子群に属する。
アントシアニン・カロテノイド・ベタレインは、様々な食品や料理、菓子の着色に用いられる。それぞれの色調の違いの他、アントシアニンはpHによって発色が変化、カロテノイドは多くが非水溶性、ベタレインは長時間の加熱で褪色するなど、一長一短で、用途に合わせて使い分けられている。水溶性カロテノイドのクチナシ色素やサフラン色素は応用範囲が広く、様々な料理で使われる。
フラボノイド色素は、芳香族アミノ酸のフェニルアラニン(Phe)から合成される。植物はフェニルアラニンをシキミ酸経路で合成するが、動物はシキミ酸経路を持たず、食物から摂取している。このことを利用して、シキミ酸経路を阻害することで動物に影響を与えずに植物を枯らす除草剤がある。このタイプの除草剤がかかると、葉や茎が枯れる前に色素合成が阻害されて花弁や花粉の色に影響が出ることがある。
ナガミヒナゲシ(ケシ科)の花。花弁は朱色で花粉は黄色。細胞間隙の空気と細胞の境界面で光が反射・散乱することで花被片は不透明になる(白みを帯びる)。色つきのゼリーを泡立てると細かい気泡で不透明で白っぽい泡立てゼリーとなる。白い花被片はフラボンを含むことが多いが、白い色は、淡黄色・透明な卵白を泡立ててできるメレンゲが白いのと同じく、ほぼ「泡の色」だ。
細胞レベルまで拡大すると、花弁の表面に、突起やしわなど、さまざまなタイプの凹凸が見られることがある。
・光を散乱して反射を抑えることで光沢を減らして色に深みを増す
・送粉者の足がかりを提供する
などの機能があると考えられている。
動物の視覚の特性はグループによって違うので、人間が感じる「色」だけで判断するのは不十分だ。昆虫の多くは近紫外線を見ることができるため、近紫外線を反射するか/吸収するかも、昆虫にとって目印になる(→紫外線透過フィルタで撮った花)。
単独で咲くよりも複数の花がかたまって咲いている方が目立つ。特に、ポリネーターが広い範囲から花を探すとき、あるいは個々の花が小さいときには、1つ1つの花よりも、開花個体や花序のような「花の集まり」が誘引の単位となる。
円盤状(皿状)や球状の花序の中には、花序がまるで1つの花であるかのような外見を作る種類もある。ゲンゲのように、同じ形の花が集まるものもあれば、花序の中で場所によって花のかたちに違いがあり、外側の花が誘引においてより大きな役割を持つものもある。後者の場合、違いの程度はさまざまで、シャクのように花びらの大きさが違う程度のものから、アジサイの仲間の通常花と装飾花、キク科の筒状花と舌状花のように、内外の役割分担がはっきりと異なるものまである。
葯が花粉を出し終わったり、柱頭に花粉がついたり、雄しべ・雌しべの寿命が尽きるなど、送受粉のはたらきが終わった後も花被が咲いたままになっていることがある。このような「花の居残り」あるいは「終花遅延」は、花粉や蜜を出している花を実際よりも多く見せかける効果がある。
アジサイ類の装飾花やキク科の舌状花も、雄しべ雌しべが萎びた後、通常花や筒状花が咲いている間は目立つ状態を保ち続ける。
終花遅延をする植物の一部では、送受粉を終えた花が花冠の色を変えて咲き続ける「花色変化」と呼ばれる現象が知られている。例えば、ニシキウツギ(二色空木)属(スイカズラ科|タニウツギ科)では白→赤、スイカズラ属(スイカズラ科)やトベラ属(トベラ科)では白→黄、シチヘンゲ(七変化/ランタナ; クマツヅラ科)では黄→赤、ニオイバンマツリ(ナス科)では紫→白に変化する。
送受粉を終えた花がポリネーターを引き寄せることは、周りに送受粉可能な花がある限りは、植物にとってもポリネーターにとっても利益となる。一方、送受粉を終えた花をポリネーターが訪れることは、植物にとってもポリネーターにとっても損失となる。ポリネーターにとっては単純に無駄働き、植物にとっては他家送粉の妨げになる(ポリネーターが同じ個体に長時間留まる・ポリネーターの身体についた花粉が終わった花について無駄になる)。花色変化はポリネーターの無駄な訪花を防ぐ信号としてはたらくのではないかと考えられている(鈴木ら 2011)。
花(おもに花弁)からさまざまな揮発性の有機物を放出する種類もある。これらの物質が、「花の匂い」(花の香り、花香)として感じられる。光合成や代謝の反応経路のいろいろなところから分岐した反応経路を通って合成されるため、種類によって組成が違い、種類に特有の花の匂いを作り出す。
花の匂いは、花被と協力して動物の誘引をする。甲虫類のように視覚より嗅覚が発達している動物を誘引する花や、夜に咲いてガやコウモリを誘引する花、ハエのように肉や魚が腐ったような匂い(アミノ基を含む揮発性物質)を好む動物を誘引する花では、匂いは花被の色や形より重要な役割を果たしていると思われる。深い森のように、他の植物の陰に隠れたところで咲く花では、匂いの方が遠くまで届く可能性がある。