8-3. 動物付着散布[epizoochory]

果実・種子が鳥や獣のからだに付着して運ばれる。

  1. 「トゲ」によって付着する。単純なトゲではなく、引っ掛かりやすいしくみがあることがほとんど。
    1. トゲの先端が鈎(かぎ)のように曲がる(フックする)―オナモミ属・ヌスビトハギ属・キンミズヒキ属など
    2. トゲに「返し」(逆棘 さかとげ・逆刺 ぎゃくし)がつく―センダングサ属
    3. トゲの束の先が広がる―ササクサ・ミズヒキなど
  2. 粘液を出して付着する―チヂミザサ・ヌマダイコン・タネツケバナなど
  3. まわりの泥を利用して付着する―スゲの仲間のような泥質湿地の小さな種子・果実を持つ植物
8-3-1. トゲ(鈎状)を持つ果実
鈎/鉤(かぎ)[hook]は棒の先端が曲がった物体・道具の総称
オオオナモミ
オオオナモミオオオナモミ(キク科)。水辺の湿った荒れ地に生える帰化植物。2つの花を包む総苞が、果実が熟すると、トゲを生やした硬い殻になる。トゲの先端は鈎のように曲がっている。

オヤブジラミ オヤブジラミ
オヤブジラミ
オヤブジラミ(セリ科)。熟した果実は2つに分かれ、それぞれに、種子が1個入っている。果実の片割れ(分果)には、(1)直立して先端が鈎のように曲がったトゲ、(2)果実先端側に倒れ伏した細いトゲ、の2種類のトゲがついている。トゲの表面にも逆棘状の小さな突起がある。

ヌスビトハギ
ヌスビトハギ(マメ科)
ヌスビトハギ
ヌスビトハギ
ヌスビトハギ ヌスビトハギ
果皮表面には先が曲がったトゲが密に分布
「ひっつき虫」と面ファスナー

人間が衣服をまとうようになって以来、動物付着型の散布体は身近な厄介者で、「ひっつき虫」「ばか」「どろぼう」などさまざまな呼び名がある。英語ではトゲのある散布体を"bur"あるいは"burr"という。

ベルクロ
面ファスナーの断面。上がループ面、下がフック面。

最もよく使われているタイプの面ファスナーは、「ループ面」と「フック面」の組み合わせで固定するもので、「ベルクロ」[Velcro](商標)と呼ばれる(日本での商標は「マジックテープ」)。発明者はスイス人エンジニアde Mestralで、山歩きのときに衣服や連れていた猟犬にくっついたゴボウ属(キク科)の「ひっつき虫」を観察して着想を得た(1941)という。

ベルクロ=ベロア[velours]+クロッシェ[crochet]。仏語で、ベロアは毛羽立った編物/織物、クロッシェは鈎を指す。

ゴボウゴボウ(キク科)。アザミに似た頭状花序をつけ、総苞片の先は細く尖って鈎状に曲がる。
ゴボウ ゴボウ

面ファスナーのように、生物の構造を模倣して工業製品を設計・製造することをバイオミメティックス[biomimetics]という。

8-3-2. トゲ(逆刺つき)を持つ果実

センダングサ属では、逆刺つきのトゲを先端につけた果実が頭状につく。

コセンダングサ コセンダングサ コセンダングサ コセンダングサ
コセンダングサ(キク科)
8-3-3. 広がるトゲ束を持つ果実

多くの種類では、先が外側に反り返っている。

ササクサ ササクサ ササクサ
ササクサ(イネ科)

ナガバハエドクソウ ナガバハエドクソウ
ナガバハエドクソウ
ナガバハエドクソウ(ハエドクソウ科)。花が終わると、果実が下を向くとともに、萼裂片の先が伸び、反り返ってトゲとなる。

ヒカゲイノコズチ ヒカゲイノコズチ
ヒカゲイノコズチ(ヒユ科)。果実は下向きで、基部の苞の2本のトゲが反り返る。

ミズヒキ ミズヒキ ミズヒキ ミズヒキ
ミズヒキ(タデ科)。花後に花柱が伸びて突き出し、先端が曲がってトゲとなる。先端の反り返りが強く、「鈎状」と呼んでもいいかも知れない。

ミズヒキ型の草姿

ササクサ・イノコズチ・ハエドクソウ・ミズヒキは似通った草姿をしている。葉の集まりから、見えにくい細長い花序が斜めに長く突き出して、果実が点々とつく。確かに、通りかかった動物に果実をくっつけやすい特徴に思える。

8-3-4. 粘液を出す果実
ケチヂミザサ ケチヂミザサ ケチヂミザサ
ケチヂミザサ(イネ科)。花序(小穂)の基部にある小さな葉から細長いトゲ(「芒」のぎ)が伸びる。芒についている粘液によって貼り付く。

ヌマダイコンヌマダイコン(キク科)の果実。果実の上部や突起から粘液を出す。

ノブキノブキ(キク科)。果実に粘球を付けた突起がある。
種子散布の「真似をする」動物

自由に移動できない(固着性の)植物で、耐久性がある種子がさまざまな外部の媒体によって移動するのが種子散布だ。しかし、動物でも、生育地の性質や動物自身の特徴によって移動が限定される場合がある。このような条件下では、種子散布によく似た分散手段が進化しても不思議ではない。

Biological dispersalの訳語として、植物では「散布」、動物では「分散」が使われる

水中に固着性の群体をつくるコケムシ(苔虫)類(外肛動物門)のうち、淡水で生活するグループ(淡水コケムシ)は、秋になると植物の種子に似た"statoblast"という構造を形成する。statoblastはキチン質の殻に覆われ、乾燥や低温に耐性をもっており、水鳥の脚に付着して他の池や沼に分布を広げるとされる。種によっては、先が鈎になった突起がstatoblastについている。

オオマリコケムシ オオマリコケムシ
オオマリコケムシ
オオマリコケムシの群体・寒天状の群体表面近くに形成されたstatoblast・statoblastの顕微鏡写真。オオマリコケムシは北米原産の淡水コケムシで、日本では1970年代に初めて報告され、現在では各地のため池や湖沼に分布を拡大している。成長のよい群体は、付着先から離れ、ボール状になって浮き上がることがある。

昆虫のナナフシ類では、飛翔能力が退化した種が多い。ナナフシ類の卵は硬い卵殻に包まれており、大きさや色形は植物の種子と似ている。末次ら(2018)は、鳥に食べられて糞として排泄されたナナフシの卵の一部が孵化能力を保持していることを報告し、体内に卵をもつ雌成虫を鳥が捕食し糞とともに卵を排泄することがナナフシ類の分散に一役買っている、という仮説を出した。


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