有性生殖生物の生活環[life cycle]では、次のように、受精と減数分裂を通じて単相(n)世代と複相(2n)世代が繰り返される(世代交代)。
ゲノム1組("n"と略される)を持った雄性配偶子(♂配偶子)[male gamete]または精細胞[sperm cell]と、やはりnを持った雌性配偶子(♀配偶子)[female gamete]または卵細胞[egg cell]とが融合して、ゲノム2組("2n"と略される)を持った受精卵ができる。
受精卵が体細胞分裂を繰り返して2nをもった多細胞体となる。植物では胞子体[sporophyte]と呼ぶ。
2nの多細胞体(植物では胞子体)の一部の細胞が減数分裂をする。減数分裂の初めに、対になった染色体の間でつなぎ換えが起こり、父親からの染色体と母親からの染色体が混じり合う。1個の2n細胞(植物では胞子母細胞)が減数分裂すると、4個のn細胞(胞子[spore])ができる。
減数分裂で出来たnの細胞(植物では胞子)が体細胞分裂を繰り返してnを持った多細胞体となる。植物では配偶体[gametophyte]という。配偶体の一部の細胞が雄性配偶子と雌性配偶子になる。
このように受精と減数分裂を通じて単相(n)世代と複相(2n)世代を繰り返すこと(世代交代)によって遺伝的な組み替えが行われる。
胞子[spore]の元々の定義は「空中を飛散または水中で分散する耐久性の繁殖単位」で、植物・菌類・変形菌・細胞性粘菌・卵菌・動物(刺胞動物門ミクソゾア亜門)・バクテリアなど、さまざまな生物群でつくられ、有性生殖の過程でできるものも無性生殖でできるものもある。
上の定義が当てはまる胞子は、コケ植物とシダ植物では減数分裂によってつくられる。種子植物で減数分裂でできる細胞は、元々の定義を満たさないが、生活環の記述に統一性を与えるため、定義を拡張して「胞子」と呼ぶ。
右の図は、多くのシダ類に見られる生活環だ(下表のI型)。上半分が2n世代、下半分がn世代で、円/楕円は単細胞体、六角形は多細胞体を示す。シダ類では配偶体は「前葉体」[Prothallus]と呼ばれる。
植物に見られるさまざまな生活環のうち、このタイプは、(1)胞子体・(2)胞子母細胞と胞子・(3)配偶体のいずれも雌雄に分かれず(同型)、雌雄があるのは配偶子だけで、雌雄の分化という点では最も単純だ。
植物全体では、各段階で次のように雌雄が別々になる生活環がみられる。
型 | グループ | 胞子体 | 胞子母細胞・胞子 | 配偶体 | 配偶子 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
雌性 | 雄性 | 雌性 | 雄性 | 雌性 | 雄性 | 雌性 | 雄性 | ||
I | シダ植物の多く | 両性個体 |
胞子母細胞 胞子 |
両性前葉体 | 卵 細 胞 |
精 細 胞 |
|||
II | コケ植物の多く | 両性胞子体 (雌個体上) |
雌個体 | 雄個体 | |||||
シダ植物の一部 | 両性個体 |
雌性 前葉体 |
雄性 前葉体 |
||||||
III | 大胞子 母細胞 大胞子 |
小胞子 母細胞 小胞子 |
|||||||
雌雄同株の 種子植物 |
胚嚢 | 花粉粒 | |||||||
IV | 雌雄異株の 種子植物 |
雌個体 | 雄個体 |
植物の生活環は、雌雄分化の程度によって上の表のような4つの型に分けられる。冒頭で挙げた、多くのシダ植物の生活環(雌雄分化は配偶子のみ)は表のI型に当たる。
[II型] コケ植物の多くやシダ植物の一部(スギナなど)では、配偶体が雌雄に分かれており、胞子から雌性配偶体か雄性配偶体のどちらかができる(右図)。コケ植物の場合、生活の単位は配偶体なので、雌雄異体(雌雄異株)となる。
[III型] 種子植物とシダ植物の一部(クラマゴケ類・水生シダなど)では、胞子にも♀胞子(ふつう大形なので大胞子[megaspore])と♂胞子(ふつう小形なので小胞子[microspore]とがある(右図)。大胞子から雌性配偶体、小胞子から雄性配偶体ができる。種子植物では、雌性配偶体=胚嚢、雄性配偶体=花粉粒で、胞子体につく有性生殖器官に組み込まれている。
[IV型] 種子植物の中には、右図のように、胞子体が雄と雌に分かれるものもある(雌雄異体・雌雄異株)。♀胞子体(雌個体・雌株)は大胞子を作り、♂胞子体(雄個体・雄株)は小胞子を作る。
陸上植物の生活環には配偶体(n)と胞子体(2n)の2種類の多細胞体があるが、他の多細胞生物では、一方がスキップされる生活環もある。
多細胞動物や藻類の一部(褐藻のヒバマタ目・車軸藻類など)では、減数分裂でできた細胞は(体細胞分裂をすることなく)そのまま配偶子(卵と精子)となる。多細胞体は受精卵から発生する個体(2n)のみで、多細胞動物では雌雄に分かれる雌雄異体が多く、藻類では雌雄同体がふつうだ。右図は雌雄異体の場合を示す。
多細胞動物のうち、一部の昆虫(ハチ目など)やワムシ類では、卵が受精すると雌個体(2n)となり、受精しないと雄個体(n)となる性決定様式が進化し、半数体(n)と二倍体(2n)の多細胞体の両方が存在するようになった。
逆に、藻類には、胞子体がなく受精卵が(体細胞分裂をすることなく)減数分裂をして胞子をつくるもの(右図)もある。
藻類では両方がほとんど同じ大きさ・形のものもある(アオサ類など)が、陸上植物では胞子体と配偶体の大きさ・形に大きな差がある。
コケでは、茎や葉のように見える部分(茎葉体や葉状体)は配偶体で、胞子をつくるときだけ、胞子体が配偶体上に形成される。
シダの配偶体は「前葉体」[prothallus]と呼ばれる小さな植物体で、ハート形の葉状体が多いが、不定形や塊状のものもある。配偶体の裏面にできた卵細胞が受精して受精卵になり、大きな胞子体へと成長する。
種子植物の配偶体はさらに小さく、有性生殖器官(いわゆる「花」)の内部に作られる。♀配偶体は胚珠内にできて「胚嚢」、♂配偶体は花粉嚢ないし葯にできて「花粉粒」と呼ばれる。
右図は被子植物の小胞子・雄性配偶体形成の模式図だ。
葯室内の小胞子母細胞が減数分裂してできた小胞子×4は1つの塊(四分子[tetrad])となっており、まだ小さいつぼみを輪切りにすると、葯の断面には多数の四分子が観察される。
単子葉植物では、ナベワリのように、四分子の4つの小胞子が平面的に配列することが多い(ヤマノイモ科のような例外もある)。これに対して双子葉植物では、シャク・オオキンケイギクのように小胞子が四面体状に配置することが多い。
時間がたつにつれ、四分子はばらばらになり、個々の小胞子は葯壁最内層のタペート層から供給される栄養で成熟し、堅固な外殻(花粉壁)で覆われるようになる。小胞子は殻の中で少しだけ細胞分裂をして、裸子植物では2~数細胞、被子植物では2細胞か3細胞(種類によって決まっている)の雄性配偶体になる。雄性配偶体は(雌性配偶体もそうだが)、一つの大きな細胞の中に他の細胞があるという変わった構造をしている。花粉壁で覆われた雄性配偶体を「花粉粒」と呼ぶ。
花粉粒は植物の種類によってさまざまな全形・サイズ・発芽口の特徴・表面パターンを示す(→花粉粒)。また、花粉壁はスポロポレニンという耐久性の高い物質でできていて、地層の中で分解されずに残る。このことを利用して、地層の中の花粉の組成を調べ、過去の植生を推定することができる。
種子植物の胚珠は、珠心[nucellus]とそれを取り囲む珠皮[integument]からできている。珠心のまわりの組織が盛り上がり、ちょうどあんパンをつくるときにパン生地であんを包み込むようにして、珠心を包み込む。あんパンのへそと同じで、最後に包み込まれたところには、すきまが残る。このすきまを珠孔[micropyle]といい、(例外はあるが)受精のときに花粉管の入り口となる。
被子植物の胚珠の模式図。1―珠柄、2―ラフェ、3―カラザ、4―ラフェ維管束、5―内珠皮、6―外珠皮、7―珠孔、8―珠心、9―胚嚢大胞子・雌性配偶体の形成には、さまざまなパターンがあるが、基本パターンでは、珠心の細胞の一つが減数分裂してできた4細胞のうち1個だけが大胞子で、細胞分裂して雌性配偶体になる。減数分裂でできた4細胞が、雄では4個とも、雌では1個だけが生殖に使われるのは多細胞動物と共通だ。
被子植物の雌性配偶体は、胚嚢 [embryo sac]と呼ばれ、巨大な中央細胞と中央細胞に埋め込まれた数細胞―珠孔近くの卵細胞と助細胞×2と反対側の0~3個の反足細胞―からなる。中央細胞は核を2個持っている(2個が融合して1個になっていることもある)。
タカサゴユリ(ユリ科)の胚珠と胚嚢。胚珠の先端は下を向き、珠心を2枚の珠皮が二重に包んだ構造をとる。珠心の中央部は胚嚢で占められ、中央細胞の核(2個が融合して1個になっている)が中央に、先端部に卵細胞と助細胞×2がある。裸子植物の雌性配偶体は多数の細胞になって胚珠の大部分を占める。複数の造卵器(卵細胞とそれを囲む数細胞)ができ、残りの組織は受粉・受精の後も種子の貯蔵組織としてはたらく(ギンナンの食べる部分はほとんどが雌性配偶体だ)。
名称の通り、被子植物の胚珠は、雌しべの中に入っていて、外界からは隔てられている。裸子植物でも、胚珠が外から丸見えというよりはある程度は隠されているものが多いが、雌しべはもっと完全に胚珠を包み込んでいるので、花粉管は雌しべの柱頭や花柱の組織の間を通り抜けなくては珠孔に入れない。
珠孔に花粉管の先が入ると、そこから2個の精細胞が胚嚢に入り、そのうち1個が卵と融合する。もう1個は中央細胞の核と融合する。受精卵は細胞分裂をして胚に発達し、受精した中央細胞は細胞分裂をして内乳(内胚乳)[endosperm]となり、胚乳(種子の貯蔵組織)としてはたらく。このように受精が2カ所で起きること(重複受精[double fertilization])、受精でできた2つの細胞が両方とも組織に発達するのは被子植物の特徴だ。裸子植物にの一部でも重複受精が見られるが、受精卵の方だけが組織に発達する。
珠心の組織が胚乳となる場合や(スイレン・アカザなど; このような胚乳を「外乳」(外胚乳)[exosperm]と呼ぶ)、あるいは子葉が貯蔵の役割をするもの(キク科・マメ科など)もかなり多い。
種子は全体を種皮におおわれているが、胚珠から引き継いだ2つの構造、珠孔と珠柄の取れた痕(へそ[hilum])が残っている。大多数の種類では、珠孔とへそは隣り合っている。
種子の大きさ・形、また、表面のパターン(細胞の形・色・突起)は、きわめて多様で、種類の判別に役立つことも多い。