0-2. 陸上植物の出現
樹形図

地球上の生物は、およそ40億年前に生きていたと推定されるたった一つの祖先から、時間の流れの上に遺伝情報の樹(系統樹)を作りつつ進化してきたと言われる。

生物進化の歴史の中でも、生命の本格的な上陸=陸上植物の出現は飛び抜けて大きなできごとの1つだ。生命の起源からの長い期間、生物進化の主な舞台は海洋だった。水中(おそらく淡水中)で光合成をしていた生物群の一部が陸上に進出したのは4~5億年前とされる。その子孫は、陸上を主な舞台として進化を続けて多数のグループに分かれ、現在では陸上植物[land plants]と総称されている。陸上植物の出現によって陸上は緑に覆われ、陸上植物の光合成をベースとした陸上生態系[terrestrial ecosystem]が成立した。

一部の陸上植物は再び水中に生活の場を移した(水生植物; 第5章)。
地質年代表(単位MYA)
国際地質科学連合国際層序委員会(IUGS-ICS)国際年代層序表/日本地質学会による邦訳から作成。陸上進出・維管束の出現・種子の出現と各植物群の盛衰の大まかな順序を横棒で示す(かなりの部分は主観的な評価に基づく)。
冥王代 始生代 原生代 顕生代
4600 4000 2500 541
顕生代
古生代 中生代 新生代
カンブリア紀(Cm) オルドビス紀(O) シルル紀(S) デボン紀(D) 石炭紀(C) 二畳紀(P) 三畳紀(Tr) ジュラ紀(J) 白亜紀(K) 古第三紀(Pg) 新三+四
541 485 444 419 359 299 252 201 145 66 23
コケ植物
シダ植物
裸子植物
被子植物
0-2-1. 光合成真核生物の由来と植物の範囲
3ドメイン

生物系統樹は3つの大グループ(3ドメイン [3 domains])に枝分かれし、各グループがさらに無数のグループに枝分かれする。

  1. バクテリア(細菌) Bacteria
  2. アーキア (古細菌) Archaea
  3. 真核生物 Eukarya

真核生物の核遺伝子はアーキアとの共通性が高いがバクテリアと共通する部分もある。ミトコンドリア(実質的に全ての真核生物細胞が持つ)の遺伝子はリケッチア目と、葉緑体(一部の真核生物細胞が持つ)の遺伝子はシアノバクテリアとの共通性が高い。これらのことから、

  1. バクテリアとアーキアが分岐
  2. アーキア内の系統の1つが真核生物の祖先となり(エオサイト説[Eocyte hypothesis])
  3. 核の進化・αプロテオバクテリアの細胞内共生によるミトコンドリアの獲得
    などによって単細胞真核生物が起源
  4. 単細胞真核生物の1系統がシアノバクテリアの細胞内共生によって葉緑体を獲得(単細胞光合成真核生物の起源)
  5. 真核生物の複数の系統で多細胞体制が進化

という順序が推定されている。

細胞内共生
宿主細胞内共生体栄養獲得能力
マメ科の根根粒菌
(バクテリア)
空中窒素固定
ハンノキ科
などの根
フランキア
(バクテリア)
造礁サンゴ
クラゲ
イソギンチャク
二枚貝
褐虫藻
(渦鞭毛藻)
光合成
繊毛虫
カイメン
ヒドラ
イソギンチャク
二枚貝
クロレラ
(トレボキシア藻)
ミドリゾウリムシ左―ミドリゾウリムシ(繊毛虫類)にはクロレラが内部共生している

下―造礁サンゴは、触手で動物プランクトンを捕食するとともに細胞内共生している褐虫藻(渦鞭毛藻)から養分を得る

コユビミドリイシコユビミドリイシ

現生の光合成真核生物のほぼ全ては、たった1回のシアノバクテリアの細胞内共生によって起源した。

ケルコゾアに属する単細胞真核生物Paulinella chromatophoraは、葉緑体を持ち光合成をするが、2005年以降の一連の研究によって、他の生物の葉緑体とは独立にずっと新しく起源したことが明らかになった(Marin B, Nowack EC, Melkonian M. 2005. A plastid in the making: evidence for a second primary endosymbiosis. Protist 156:425-432 など)。 P. chromatophoraのような例が今後他に見つかる可能性もあり、また、過去に存在したが現在まで存続できなかった例があったかも知れない。
藻類

光合成をする真核生物=葉緑体を持つ真核生物のうち、陸上植物以外を総称して藻類[algae]という。藻類は単細胞・細胞群体・多細胞のものがあり、水中を主な舞台として進化し、現在も水中を主な生活の場としている(地表や樹上などで生活する陸生藻類もある)。

葉緑体のもとになったシアノバクテリアを、藻類に含めて「藍藻」と呼ぶこともある。

陸上植物と陸上植物に近縁な藻類をまとめて「緑色植物」[Viridiplantae]という。 下のように分類される(主なもののみ)。

単に「緑藻」というとき、上の表の「緑藻植物」を指す場合、「緑藻」を指す場合、「陸上植物以外の緑色植物」を指す場合がある。
フクロフノリ
フクロフノリ(紅藻)

緑色植物以外の藻類には、さまざまなものが含まれる。そのうち、紅藻(アサクサノリ・テングサなど)・灰色(かいしょく)藻などは緑色植物と共通の祖先から進化した。

褐藻(コンブ・ワカメなど)・珪藻・渦鞭毛藻などは、系統樹上で緑色植物と大きく離れていて、葉緑体を持たない単細胞生物に近い。例えば、褐藻や珪藻は卵菌(ミズカビ・べと病菌・白サビ病菌・ジャガイモ疫病菌など)と、渦鞭毛藻は繊毛虫(ゾウリムシなど)やマラリア原虫、ミドリムシ(ユーグレナ)類はトリパノソーマ(病原体の1つ)と同じグループに属する。

ホンダワラ類 スジタルケイソウ
ツノオビムシの1種
ミドリムシ
左―ホンダワラ類の1種(褐藻)・右上―スジタルケイソウの1種(珪藻)・右中―ツノオビムシの1種(渦鞭毛藻)・右下―ミドリムシ(ユーグレナ)の1種

このことは、次のように説明されている。

  1. シアノバクテリア(図の1)の細胞内共生による葉緑体の獲得(一次共生)は(Paulinella chromatophoraを除いて)単一起源で、その子孫は緑色植物・紅藻・灰色藻などに分かれた
  2. 葉緑体を持つ真核単細胞生物の細胞内共生による葉緑体の獲得(二次共生)がさまざまなグループで複数回起こった
  3. いったん獲得した葉緑体の消失もさまざまなグループで複数回起こった
葉緑体葉緑体獲得の模式図。
1―シアノバクテリア
A―一次共生
2・3―一次共生由来の葉緑体を持つ生物群
B―二次共生
4―二次共生由来の葉緑体を持つ生物群
5―系統的に4に近い葉緑体を持たない生物群

植物の定義

「植物」が指す範囲は歴史的に変化してきており、現在も統一された定義はない。

かつては、菌類やバクテリアなど、運動能力がない(あるいは低い)あらゆる生物も含まれていた。後に、菌類・バクテリアが独立し、光合成能力を中心に植物が定義されるようになった。

光合成能力が複数回起源したことが分かると、単一起源を持つグループとして植物を定義することはできないことがはっきりした。

現在では、植物が含む範囲は場合により人により違う。系統関係を重視して定義することが増えており、陸上植物+陸上植物と同じ枝に属する生物群を植物とする場合や、高校生物のように植物=陸上植物とする場合もある。しかし、植物=光合成真核生物とする伝統的な定義(この場合、植物は陸上植物と藻類の総称となる)やその流れを汲む用語(例: 植物プランクトン)もしばしば使われている。

0-2-2. 陸上植物の出現

カンブリア紀の動物群の爆発的な多様化によって、水界(海洋・河川・湖沼)では現在のかたちに近い生態系が成り立っていた。しかし、海洋の大部分を占める外洋では、光の当たる表層では養分が不足、養分が溜まる深層では光が不足する。大陸に近い浅海や河川、浅い湖沼にはその両方があるが、面積は限られている。

それに引き換え陸上では、養分を含む土壌に十分な光が降り注ぐ。光合成をする生物にとっては、外洋にない好条件で、しかも、浅海・河川・湖沼とは比べものにならないほど広大だ。

陸上には、生物にとって水界にない悪条件もあり、バクテリアなどの微生物が地表や土壌中で生活していたに過ぎなかった。

  1. 強い紫外線
  2. 乾燥
  3. 寒暖の差

初期の陸上植物はいくつかの特徴によってこれらの困難をしのいだ。

陸上植物と推定される最初期の化石群は胞子で、オルドビス紀の地層から発見されている。シルル紀以降の地層では、維管束や気孔の化石も加わる。

陸上植物は多数のグループに分岐し、その中から、さらに新たな特徴を獲得し、より複雑かつ立体的で大型の身体を作るようになったものが出現した。

これらの過程を通じて、陸上植物は他の陸生生物とさまざまな相利関係を結び、陸上生態系はより立体的で多様性の高いものに変化していった。

陸上植物の祖先は、淡水中で光合成をしているシャジクモやコレオケーテ、接合藻(アオミドロ・ミカヅキモ・チリモなど)に近い生物群に属していたと推定される。

シャジクモ シャジクモ
コレオケーテの1種上: シャジクモ。軸途中の関節状のところに有性生殖器官をもつ。苞に囲まれてねじれた外殻を持つのが雌性生殖器官(生卵器)で、卵細胞が1個入っている。生卵器の下方につく球状の雄性生殖器官(造精器)では多数の精子が作られ、放出される。受精は生卵器内で起こる。

左: コレオケーテの1種


アオミドロの1種アオミドロの1種
アオミドロの1種アオミドロの1種
コウガイチリモ接合藻の例
上―アオミドロの1種。浅い池に大発生する粘り気のある糸の集まりで、葉緑体は紐状でらせんを描き、所々にデンプン粒がある。有性生殖では、2細胞が接合して一方の中身がもう片方に移行して融合し、接合胞子を作る。
左―コウガイチリモの1種

シャジクモ・コレオケーテは、陸上植物を連想させる複雑な体制をもち、成長様式や有性生殖、細胞分裂においても陸上植物との共通点が多い。

しかし、近年では、接合藻が陸上植物に最も近縁(最後に分岐した)とする説が有力視される。

接合藻はアオミドロやツヅミモ、ミカヅキモなど淡水生の種を多く含むが、湿った地表や岩上のような準陸生の種も含まれており、それらの種類はある程度の乾燥耐性[Desiccation tolerance; DT]をもつ。接合藻が陸上植物の最近縁であれば、準陸生の接合藻から陸上植物の祖先が分岐して陸生生活へ適応を強めたという想定が可能だ。この想定を裏づけるように、乾燥などのストレス耐性に関与する遺伝子(GRAS・PYR/PYL/RCAR)が、準陸生接合藻と陸上植物のゲノムから見出され(シャジクモ等にはない)、近似の遺伝子をもつ一部の土壌生バクテリアから遺伝子水平移動によってもたらされたと推定された。

Cheng et al. (2019) Genomes of subaerial Zygnematophyceae provide insights into land plant evolution. Cell 179, 1057–1067 https://doi.org/10.1016/j.cell.2019.10.019
フラボノイドとリグニンの生合成

フラボノイド: フラバンを基本骨格とするきわめて多様な化合物群で、ほとんどの陸上植物に存在する一方、藻類では発見されていない。紫外線吸収や花色色素などさまざまな役割を担う。

アカメガシワ アサガオ
左: アカメガシワ(トウダイグサ科)の展開中の新葉。フラボノイドに属する色素群アントシアニンによって新葉が赤く着色する植物は広く見られ、紫外線からの防護を担う役割をもつとされる。
右: アサガオの花色もアントシアニンによる

リグニン: モノリグノール(p-クマリルアルコールなど)が重合した複雑な立体網目構造をもつ高分子。維管束をもつ陸上植物に見られ、道管などに見られる堅い細胞壁の主要な成分となる(藻類の紅藻の一部でもリグニンが見出され、維管束植物とは別の起源をもつと考えられている)。

カボチャ クスノキ
カボチャ茎横断面の厚壁組織とクスノキ導管要素の細胞壁

フェニルアラニン・フラボン ベンゼン環をもつアミノ酸フェニルアラニンが脱アミノ化して生じた桂皮酸(シナモン酸)は、フラボノイドやリグニンなど、陸上への進出や適応の鍵となる多様な物質の合成の出発点となる。

フェニルアラニンを脱アミノ化する酵素フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)は、陸上植物・菌類・バクテリアに存在するがシャジクモ等の藻類では未発見で、陸上植物の祖先がバクテリアから遺伝子水平移動[Horizontal gene transfer; HGT]によって獲得したという推定がある。

PALとGRAS・PYR/PYL/RCARの例に見られるように、全ゲノム解析に基づく研究の進展によって、先行して上陸していたバクテリアからの遺伝子水平移動が陸上植物の出現に果たした役割が重視されつつある。


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