地球上の生物は、およそ40億年前に生きていたと推定されるたった一つの祖先から、時間の流れの上に遺伝情報の樹(系統樹)を作りつつ進化してきたと言われる。
生物進化の歴史の中でも、生命の本格的な上陸=陸上植物の出現は飛び抜けて大きなできごとの1つだ。生命の起源からの長い期間、生物進化の主な舞台は海洋だった。水中(おそらく淡水中)で光合成をしていた生物群の一部が陸上に進出したのは4~5億年前とされる。その子孫は、陸上を主な舞台として進化を続けて多数のグループに分かれ、現在では陸上植物[land plants]と総称されている。陸上植物の出現によって陸上は緑に覆われ、陸上植物の光合成をベースとした陸上生態系[terrestrial ecosystem]が成立した。
冥王代 | 始生代 | 原生代 | 顕生代 |
4600 | 4000 | 2500 | 541 |
顕生代 | ||||||||||
古生代 | 中生代 | 新生代 | ||||||||
カンブリア紀(Cm) | オルドビス紀(O) | シルル紀(S) | デボン紀(D) | 石炭紀(C) | 二畳紀(P) | 三畳紀(Tr) | ジュラ紀(J) | 白亜紀(K) | 古第三紀(Pg) | 新三+四 |
541 | 485 | 444 | 419 | 359 | 299 | 252 | 201 | 145 | 66 | 23 |
コケ植物 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
シダ植物 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
裸子植物 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
被子植物 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生物系統樹は3つの大グループ(3ドメイン [3 domains])に枝分かれし、各グループがさらに無数のグループに枝分かれする。
真核生物の核遺伝子はアーキアとの共通性が高いがバクテリアと共通する部分もある。ミトコンドリア(実質的に全ての真核生物細胞が持つ)の遺伝子はリケッチア目と、葉緑体(一部の真核生物細胞が持つ)の遺伝子はシアノバクテリアとの共通性が高い。これらのことから、
という順序が推定されている。
宿主 | 細胞内共生体 | 栄養獲得能力 |
---|---|---|
マメ科の根 | 根粒菌 (バクテリア) | 空中窒素固定 |
ハンノキ科 などの根 | フランキア (バクテリア) | |
造礁サンゴ クラゲ イソギンチャク 二枚貝 | 褐虫藻 (渦鞭毛藻) | 光合成 |
繊毛虫 カイメン ヒドラ イソギンチャク 二枚貝 | クロレラ (トレボキシア藻) |
葉緑体をもつ生物=光合成真核生物は、生物系統樹の様々な枝に飛び石状に分布している。このことは、以下の様に説明されている。
光合成をする真核生物=葉緑体を持つ真核生物のうち、陸上植物以外を総称して藻類[algae]という。陸上植物の進化と生活の場が陸上であるのに対し、藻類は水中を主な舞台として進化し、現在も水中を主な生活の場としているり、水中を主な舞台として進化し、現在も水中を主な生活の場としている。水中で生活する陸上植物がある(水生植物)ように、陸上の様々な環境(土壌や地表、岩表、樹皮など)で生活する藻類もあり、気生藻(類)ないし陸生藻(類)と呼ばれる。
藻類は単細胞・細胞群体・多細胞など様々な体制のものがあり、系統的な位置もきわめて多岐にわたる。
一次植物に含まれるグループには、陸上植物・ストレプト藻・緑藻を含む「緑色植物」と呼ばれるグループ、紅藻(アサクサノリ・テングサ・フノリ類など)、灰色(かいしょく)藻などがある。
二次植物は、生物のさまざまな系統群に分散している。例えば、卵菌(ミズカビ・べと病菌・白サビ病菌・ジャガイモ疫病菌など)と比較的近い褐藻(コンブ・ワカメなど)・珪藻は、紅藻の二次共生による葉緑体をもつ。また、トリパノソーマ(病原体の1つ)と同じグループに属するミドリムシ(ユーグレナ)類は、緑色植物の二次共生による葉緑体をもつ。繊毛虫(ゾウリムシなど)・マラリア原虫と比較的近い渦鞭毛藻では、祖先系統が紅藻の二次共生によって葉緑体を獲得したが、葉緑体の退化や二次共生で獲得した葉緑体をもつ単細胞生物の細胞内共生(三次共生)、さらに別々の藻類による複数回の二次共生などがあり、非常に複雑な葉緑体の進化があったことが知られている。
現生の光合成真核生物の葉緑体の元になった一次共生はただ1回の出来事だったと推定されている。例外は、ケルコゾアに属する単細胞真核生物ビンカムリ Paulinella chromatophora(とその近縁種)だ。ビンカムリの葉緑体は、
等の特徴をもち、他の生物の葉緑体とは別に、ずっと新しく起源したと推定されている(例えば、Marin B, Nowack EC, Melkonian M. 2005. A plastid in the making: evidence for a second primary endosymbiosis. Protist 156:425-432. https://doi.org/10.1016/j.protis.2005.09.001)。
独自の起源をもつ葉緑体は、今後他に見つかる可能性もある。絶滅によって痕跡が失われた一次共生が生物進化の過程であったとしても不思議ではない。
「植物」が指す範囲は歴史的に変化してきた。
かつては、運動能力がないあらゆる生物を指した。1900年代初頭の植物学の教科書を見ると、植物界は「顕花植物」(種子植物)と「隠花植物」に二分され、隠花植物は、シダ・コケに加えて菌類・バクテリアも含まれている。
光合成能力(=葉緑体をもつこと)を中心に植物が定義されるようになり、菌類・バクテリアは除外されて、植物=陸上植物+藻類となったが、二次共生による葉緑体の起源が明らかになり、葉緑体をもつことと単一起源を持つグループとが相容れないことがはっきりした。
現在では、系統関係を重視して定義することが増えている。
と、陸上植物を含むことは共通で、範囲づけに広い狭いがある。
植物=光合成真核生物(陸上植物と藻類の総称)とする伝統的な定義やその流れを汲む用語は、日常生活でしばしば使われている(例: 植物プランクトン)だけでなく、専門用語にも少なからず残存している(例: 二次植物)。カンブリア紀の動物群の爆発的な多様化によって、水界(海洋・河川・湖沼)では現在のかたちに近い生態系が成り立っていた。しかし、海洋の大部分を占める外洋では、光の当たる表層では養分が不足、養分が溜まる深層では光が不足する。大陸に近い浅海や河川、浅い湖沼にはその両方があるが、面積は限られている。
それに引き換え陸上では、養分を含む土壌に十分な光が降り注ぐ。光合成をする生物にとっては、外洋にない好条件で、しかも、浅海・河川・湖沼とは比べものにならないほど広大だ。
陸上には、生物にとって水界にない悪条件もあり、バクテリアなどの微生物が地表や土壌中で生活していたに過ぎなかった。
初期の陸上植物はいくつかの特徴によってこれらの困難をしのいだ。
陸上植物は多数のグループに分岐し、その中から、さらに新たな特徴を獲得し、より複雑かつ立体的で大型の身体を作るようになったものが出現した。
これらの過程を通じて、陸上植物は他の陸生生物とさまざまな相利関係を結び、陸上生態系はより立体的で多様性の高いものに変化していった。
陸上植物と近縁な藻類を含む「緑色植物」[Viridiplantae]は、以下のように分類される(主なグループのみ)。
ストレプト植物 | 陸上植物 | ||
接合藻(アオミドロ・ツヅミモ・ミカヅキモなど) | 広義のシャジクモ植物 | 広義の緑藻 | |
コレオケーテ(サヤゲモ類) | |||
車軸藻(シャジクモ類) | |||
緑藻植物 | 緑藻(ボルボックス・クラミドモナス・クンショウモ・イカダモなど) | ||
トレボキシア藻(クロレラなど) | |||
アオサ藻(アオサ・ヒトエグサなど) |
単に「緑藻」というとき、狭義の緑藻を指す場合、緑藻植物を指す場合、陸上植物以外の緑色植物を指す場合がある。
陸上植物の祖先は、広義のシャジクモ植物(いずれも淡水生)に近い生物群に属していたと推定される。
シャジクモ・コレオケーテは、陸上植物を連想させる複雑な体制をもち、成長様式や有性生殖、細胞分裂においても陸上植物との共通点が多く、以前は陸上植物と最近縁と考えられていた。
しかし、DNA塩基配列に基づく系統推定の進展によって、接合藻が陸上植物に最近縁である(陸上植物と最後に分岐した)ことが有力視されるようになった。
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接合藻の例 上―アオミドロの1種。浅い池に大発生する粘り気のある糸の集まりで、葉緑体は紐状でらせんを描き、所々にデンプン粒がある。有性生殖では、2細胞が接合して一方の中身がもう片方に移行して融合し、接合胞子を作る。 左―ミカヅキモの1種 |
接合藻の多くの種はアオミドロやツヅミモ、ミカヅキモにように淡水生だが、準陸生の種も含まれており、湿った地表や岩上に生育し、ある程度の乾燥耐性[Desiccation tolerance; DT]をもつ準陸生の種も含まれている。接合藻が陸上植物の最近縁であれば、準陸生の接合藻がもつ乾燥耐性が陸上植物の祖先の陸生生活へ適応に貢献したという想定が可能だ。この想定を裏づけるように、乾燥などのストレス耐性に関与する遺伝子(GRAS・PYR/PYL/RCAR)が、準陸生接合藻と陸上植物のゲノムから見出され(シャジクモ等にはない)、近似の遺伝子をもつ一部の土壌生バクテリアから遺伝子水平移動によってもたらされたと推定された。
フラボノイド: フラバンを基本骨格とするきわめて多様な化合物群で、ほとんどの陸上植物に存在する一方、藻類では発見されていない。紫外線吸収や花色色素などさまざまな役割を担う。
リグニン: モノリグノール(p-クマリルアルコールなど)が重合した複雑な立体網目構造をもつ高分子。維管束をもつ陸上植物に見られ、道管などに見られる堅い細胞壁の主要な成分となる(藻類の紅藻の一部でもリグニンが見出され、維管束植物とは別の起源をもつと考えられている)。
ベンゼン環をもつアミノ酸フェニルアラニンが脱アミノ化して生じた桂皮酸(シナモン酸)は、フラボノイドやリグニンなど、陸上への進出や適応の鍵となる多様な物質の合成の出発点となる。
フェニルアラニンを脱アミノ化する酵素フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)は、陸上植物・菌類・バクテリアに存在するがシャジクモ等の藻類では未発見で、陸上植物の祖先がバクテリアから遺伝子水平移動[Horizontal gene transfer (HGT) または Lateral gene transfer; LGT]によって獲得したという推定がある。
PALとGRAS・PYR/PYL/RCARの例に見られるように、全ゲノム解析に基づく研究の進展によって、先行して上陸していたバクテリアからの遺伝子水平移動が陸上植物の出現に果たした役割が重視されつつある。