花被の役割の多様性

花被の基本的な役割は、保護と誘引だ。われわれが思い浮かべる典型的な花では、前者を萼が、後者を花びらが担っている。しかし、さまざまな種類を比べてみると、保護と誘引は、さまざまなやり方で、さまざまな器官に割り当てられている。

花被は保護・誘引の両方を担当する 花被は、外側の萼と内側の花冠の2種類ある。 保護の役割をする花被(萼)と誘引のための花被(花冠)とが別々になっている(分業している)。双子葉植物では、このパターンがもっとも多い。 (1)
花冠が保護と誘引の両方を行う。萼は、退化して小さくなっているか、あるいは、保護・誘引以外の役割をするようになっている。 (2)
萼が保護と誘引の両方を行う。花冠は、退化して小さくなっているか、あるいは、保護・誘引以外の役割をするようになっている。 (3)
花被は1種類だけ 花被の裏側が保護、表側が誘引を担当する (4)
花被はつぼみのときには保護、咲いてからは誘引を主に担当する (5)
花被は誘引だけを担当する。保護は花の下の葉が行なう (6)
誘引・保護は花被以外の器官が行なう (7)
花被は保護だけを担当する。雄しべ・雌しべが誘引を担う (8)
花被は保護だけを担当する。風媒花・水媒花で、誘引のはたらきは要らない (9)
(1)萼と花冠が分業
ナガミヒナゲシナガミヒナゲシ
ナガミヒナゲシうなだれていたつぼみが、開花が迫るにつれて首をもたげる。トゲのような荒い毛が生えている萼片(2枚)は、花が咲くときに外れて落ちてしまう。

萼と花冠ははっきりと区別できる。萼片が外側にあって緑色や茶色などの(自然界では)地味な色をしているのに対し、花びらは目立つ色(黄色・紫色・白・赤・青など)や模様を持つ。内部構造も、萼片は葉とよく似た構造をしているが、花びらの断面は、細胞間隙の多い特殊な構造をしており、体積あたりの細胞数は少ない。また、細胞間隙は、空気の泡のように光を散乱・反射するはたらきもしている。萼片は、外側だけに毛が生えていることが多く(サクラの仲間の多くなど)、これも保護の助けをすると思われる。成長のパターンも違う。萼片は初めのうち速く成長するが、あるところで成長を止める。そのあとも花びらは萼片に包まれたままさらに成長する。萼片の中の空間は限られているので、大きくなった花びらは、互いに重なり合ったり折り畳まれたりしていることが多い。やがて、萼片は互いに離れて、花被片は萼片からはみ出し、最後にも急に成長して開花を迎える。ケシの仲間では、花びらが開くときには役割を終えた萼片は早々と取れてしまう。

(2)花冠が保護と誘引の両方を行う

キケマン属(ケマンソウ科)やセリ科(シャク | )、ウコギ科では、萼片は非常に小さく、小片状・小突起状で、保護・誘引は花冠が担っている。

トサカキケマン
キケマン属のトサカキケマン

トサカキケマン
萼片

トサカキケマン
つぼみ

(3)萼が保護と誘引の両方を行う

例にはキンポウゲ科のトリカブト属・オウレン属・シロカネソウ属・クリスマスローズなどがある。これらの植物では、花びらは蜜腺(蜜を出す器官)になっている。

バイカオウレン
バイカオウレン(キンポウゲ科)。白い萼片の内側に緑色の花びら(蜜腺)が並ぶ。

(4)花被の裏側が保護、表側が誘引を担当する

花被片の表側(雄しべの側)を誘引に、裏側を保護に使う(リンドウの仲間、ハンショウヅルやツルナなど)。花被片の裏側は緑色や茶色などの目立たない色をしている(毛が生えている場合もある)が、表側は派手な色をしている。

ツルナツルナの花

スイレンやサボテンのように、萼片と花びらがはっきりとは分けられないが、外側の花被片が「萼っぽい」特徴を持ち、保護の役割をしているものもある。
ウチワサボテンウチワサボテン
ウチワサボテンの花
(5)花被片が時間的に役割を変化させる
ユリ属の1種ユリ属の1種ユリ属の1種

ユリの園芸品(ユリ科)。つぼみの花被片は堅くて薄緑色をしているが、開花が近づくにつれてふくらんで色づき、開花時には淡紅色になっている。

(6)花被は誘引だけを担当する。保護は花の下の葉が行なう

コブシ・ハクモクレンは(6)の例で、花被片は誘引の役割に専念していて(コブシでは外側の3枚はほとんど役に立たない)、花のすぐ下についている2枚の葉(苞葉)がつぼみを保護する。

コブシコブシ
コブシ(モクレン科)の開花の過程。花芽がふくらんで、花と葉が同時に現れる。全体が何枚かの鱗片葉に包まれている。

コブシ
つぼみはさらに2枚の鱗片葉(そのうち1枚は先が2つに割れている)に包まれている。鱗片葉は、花が開いた後、取れてしまうことも、残っていることもある。

コブシコブシコブシ
花被片は9枚(3枚×三重)。内側の6枚は花びらで、白くて大きい。外側の3枚は萼片で、緑を帯びた半透明で小さく目立たない。

ハクモクレン
ハクモクレン(モクレン科)。中国原産で、庭木として植えられている。コブシと同じように、つぼみのときは、毛の生えた2枚の苞葉に包まれていて、花が咲くときに、苞葉はぽろりと取れる。ただ、コブシと違って萼片と花びらは区別できず、白いぽってりとした花被片が9枚(3枚×三重)についている。

キク科の花では、萼片は細い毛のようなものになっていて、つぼみのときから花冠がむき出しになっている。花はぎっしりと集まってドーム状の花序を作る。花序の下の方の数枚から数十枚の葉(普通の葉より細くて先が尖っている)が、花が咲くまで花序をまるごと覆っている。

ツワブキの頭花ツワブキの頭花ツワブキの頭花ツワブキの頭花
ツワブキ(キク科)の花序。多数の花が円盤状に集まって、一つの花のような外見を作っている。萼片の役割をするのは花序の下の葉(総苞片 そうほうへん)、花びらの役割をするのは花序の外側に並ぶ舌状花(花冠のへりがへらのように広がり、延びている)。数の上で多い筒状花は、真ん中に丸く集まっている。こういう花序を、「頭花」という。

(7)誘引・保護は花被以外の器官が行なう

センリョウ科のセンリョウ・ヒトリシズカ・フタリシズカは(8)の例で、花は花被がない。つぼみを守るのは、小花梗の付け根の葉で、茎を取り囲むことでつぼみを覆っている。訪花者を誘引するのは雄しべの花糸の部分で、全体が広がって花びらのようになったり先が糸のように伸びている。

センリョウセンリョウ(センリョウ科)。センリョウの花は、ずんぐりとした緑色の雌しべと、雌しべの途中から突き出ている黄白色の雄しべと、たった2つの部品から出来ている。

ヒトリシズカ
ヒトリシズカ。センリョウとよく似ているが、雄しべは三叉になった白い糸のようで、よく目立つ。

花がぎっしりと集まった花序を作る場合には、一つ一つの花は小さく、花や花序の下についている葉が保護・誘引を代行する例が見られる。

ハナミズキ・ドクダミ・ブーゲンビリアでもやはり花はぎっしりと集まった花序をつくり、花びらも萼片も小さく、花序の下の数枚の葉が保護と誘引の役割を果たす。これらの葉は、色・かたち・内部構造が花びらそっくりになっている。

ハナミズキハナミズキ
ハナミズキ(ミズキ科)

ドクダミドクダミ(ドクダミ科)。「白い4枚の花びら」のように見えるのは花びらそっくりになった葉で、花序(黄色いところ)を拡大すると、雌しべと雄しべだけで出来ている花がぎっしりと集まっている。

ブーゲンビリアブーゲンビリアブーゲンビリア
ブーゲンビリア(園芸品)(オシロイバナ科)。3枚の色づいた葉が枝先に集まり、それぞれの葉の腋に1つずつ、筒状の花がつく。

サトイモ科の花もやはり集まって棒形の花序を作る。サトイモ科の花(例: マムシグサ)では花被がなかったり(あっても非常に小さい)保護や誘引の役割を果たしていない。代わりに、花序の下の一枚の葉が花被のはたらきを代行する。その葉は緑以外の色だったり特徴的な模様が付いていることが多く、つぼみのときにはまるまって花序を覆い、花が咲くときには開いて花序を取り巻く飾りのようになる。


(8)保護は花被、誘引は雄しべ・雌しべが行なう
カンナカンナ
カンナ(ハナカンナ)(カンナ科)。盛夏~晩夏に庭先で咲く。子房は下位で表面がぶつぶつしている。輪切りにすると、ユリなどと同じ構造をしている。

カンナカンナ
花被片は細く、外側に短いのが3枚、内側に長いのが3枚(計6枚)つく。うちわのように広がっているのは5本の雄しべ。ただし、葯がついているのはいちばん内側の1本だけで、後の4本は葯を持たない。このように花粉を出さず、雄しべ本来の機能を持たない雄しべを「仮雄しべ(または仮雄蘂)」という。雌しべもへら状になっている。

ここまで例として挙げた植物で、花被(萼+花冠)の役割を表にまとめると、下のようになる。

グループ 花冠 他の器官で保護・
誘引を担当するもの
花被 (萼片・花弁の区別なし)
ケシ属 保護 誘引  
ユリ 保護(つぼみのとき)・誘引(花のとき)  
ツルナ 保護(裏面)・誘引(表面)  
スイレン・サボテン 保護(外側の花被片のみ)・誘引  
コブシ 小さい 誘引 苞(保護)
ハクモクレン 誘引 苞(保護)
キケマン属・セリ科・ウコギ科 小さい 保護・誘引  
バイカオウレン 保護・誘引 蜜の分泌  
キク科 冠毛(散布) 誘引または小さい 苞(保護)
ハナミズキなど 小さい 小さい 苞(保護・誘引)
ドクダミ・サトイモ科 (花被片がない) 苞(保護・誘引)
センリョウ科 (花被片がない) 雄しべ(誘引)・苞(保護)
カンナ 保護 雄しべ・雌しべ(誘引)


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