9-2. 進化パターンと多様性
9-2-1. 適応

生物は、生存・成長・繁殖をするために、周りの環境をさまざまなかたちで利用する。環境条件は、気候や地形・土壌のような物理的環境と、他の植物・菌類・微生物のような生物的環境とに大別される。

生物にとって、環境は、「資源の集まり」だ。生物学では、資源[resouece]とは、生物をとりまく外部世界のもののうち、生物が生存・成長・繁殖などのために利用できるもの全て(「食べ物」「住みか」「移動手段」など)のことを指す。

生物の形態は、資源の利用の方法を通じて生物をめぐる環境に対応している。生物が示す「かたち←→はたらき←→環境」の対応関係を、適応[adaptation]と呼ぶ。


9-2-2. 形態の共通点と相違点

共通の祖先が複数のグループに分化していく過程では、同じ器官が、異なる資源の種類や利用様式に適応して、グループによって異なる形態・機能を担うように分化することがある(多様化[diversification])。また、別々のグループで、似たような資源の種類や利用様式に適応して、似たような形態・機能が進化することもある(収斂(しゅうれん)または収束進化[convergence])。だから、適応を通じて、異なる種類の生物の形態の違いが大きくなることもあるし、逆に、お互いに似てくることもある。

生物の特徴は、祖先から子孫へと、変化しながら受け継がれていく。だから、共通の祖先から分かれた生物は、それを反映して、何らかの共通した特徴を持っている。わりと新しい時期に分かれた生物どうしのことを、「(系統的に)近縁である」または「系統的に近い」という。近縁な生物どうしでは、共通した特徴がより多く見られ、より以前に分かれたものどうしでは、共通した特徴は少なくなると考えられる。

複数の生物の形態を比較すると、共通点や相違点が無数に見つかる。共通点は(1)系統的近縁性か(2)資源の種類や利用様式への適応に由来し、相違点は(1)系統的に離れているか(2)異なる資源の種類や利用様式に適応した結果である。

系統的に 特徴の 資源の種類・利用様式が
近縁→ 共通性 ←似ている
遠い→ 相違 ←異なる 

このように、さまざまなグループの形態を比較したときには、系統的に近いことによる(起源が同じ)類似性と、同じような機能を持つようになったことによって別々のグループでそれぞれに進化した(起源が異なる)類似性がある。

上の前提が成り立てば、形態の比較や、形態と機能の関係を調べることによって、生物の系統樹を推定したり、祖先のかたちを想像したり、形態の進化のパターンを推定することもできる。このような分析をする分野を「比較形態学」[comparative morphology]と呼ぶ。同じような分析は形態以外、例えば、生物の生理・行動・生態などでも可能で(それぞれ、「比較生理学」「比較行動学」「比較生態学」という)、総称して「比較生物学」と呼ばれる。

系統樹の推定では、DNAの塩基配列の比較を使った推定(分子系統学)が最もひんぱんに行なわれている。

例1. キク科のさまざまな散布のしくみ

キク科は被子植物最大のグループの一つで、およそ20000の種があるといわれている。種は多いけれど、果実は次のような共通する特徴を持っている。

一方、散布用式に応じて多様化した特徴もある。

  1. 風散布の種類では、萼が細い毛の集まりのようになり(冠毛[pappus])、風に乗って母株から離れ、ゆっくりと落ちていく(タンポポ・ノコンギクなど、もっとも多い)。
  2. 動物付着散布をするものでは、萼が返しのついたトゲになっていたり(センダングサ類など)、総苞片に多数のトゲが生えているもの(オオオナモミなど)、総苞片が粘液を出すもの(メナモミなど)がある。
  3. 水散布をするものでは、種子を取り囲む皮が厚くスポンジ状になっていて浮きやすくなっている。萼片は小さいままだ。
ツワブキ コセンダングサ ヌマダイコン
風散布のツワブキ、動物付着散布(トゲ)のコセンダングサ、動物付着散布(粘液)のヌマダイコン。

例2. オサバグサ科・ケシ科・ケマンソウ科の送粉様式

オサバグサ科・ケシ科・ケマンソウ科の3つの科は単系統群で、まとめて「ケシ科」とすることもある。日本に生育しているものの例で言うと、次のようになる。

オサバグサ科 オサバグサ(日本固有種)1種のみ
ケマンソウ科 エンゴサク・ムラサキケマン・キケマン・コマクサなど 約500種
ケシ科 ナガミヒナゲシ・クサノオウ・タケニグサなど 約50種

ケシ目

この3つのグループの系統関係は、図のように推定されている。

オサバグサの花(1)は下向きの白い小さな花で、雄しべの数は少なく(4本)、蜜腺もない。小形のハエ・アブ類・甲虫類・同翅目の訪花が報告されている(Ozawa & al. 2001)。

オサバグサ オサバグサ
オサバグサの花
コマクサコマクサ(ケマンソウ科)の花。花びらのうち、外側の2枚は距を持つ。

ケマンソウ科の花(2-4)は、蜜花で、4枚の花びらがそれぞれ分業してハナバチによる送粉のための仕組みをつくっている(→エンゴサクムラサキケマン)。

ケシ科の多くの種では、花は花粉花で、上向きのカップを作るように並んだ4枚の花びらの中に多数の雄しべが並び、その中心に柱頭がある(5)。さまざまなグループの昆虫が送粉に関与している。また、タケニグサのように、花弁を失い風媒に移行したと思われる花(6)もある。

シラユキゲシシラユキゲシ
シラユキゲシ(ケシ科)。多数の雄しべの中に雌しべがある。雌しべの構造はケマンソウ科やオサバグサ科とよく似ている。

ナガミヒナゲシナガミヒナゲシ
ナガミヒナゲシ(ケシ科)。クサノオウと似ているが、雌しべの構成が異なる。このような雌しべは、クサノオウのタイプから派生したと考えられている。

タケニグサ
タケニグサ(ケシ科)。花弁がなく、大きめの葯が細長い花糸の先についている。

ケシ科とケマンソウ科は、あるところ(図の「A」)から、送粉のやり方に関して違う2つの方向に進んでいき、異なる機能とかたちを持つようになった。しかし、あまり変化していない部分もある。萼片・花びら・雄しべ・雌しべの配置を模式的に表した図(花式図[floral diagram]: ここでは、萼片を緑、花弁を赤系統の色、雄しべを水色、雌しべを青、蜜腺を紫で表わしている)を並べてみると、雄しべを除いては、各要素の数と配置は一致している。

マメ科マメ科ソラマメ亜科の花式図の一例

ケマンソウ科と同じやり方でハナバチを利用するものにはマメ科の多くとシソ科の一部(ヤマハッカなど)などがあるが、花式図から分かるように、各要素の構成や配列はケマンソウ科とマメ科では違う。また、ケマンソウ科とシソ科、マメ科とシソ科の間にも大きな違いがある。被子植物全体の系統樹を見てもこの3つの科は、互いに遠く離れたところに位置する。

ケマンソウ科は、ケシ科やオサバグサ科と分かれていなかったころの器官の配置や数の違いを(雄しべの数を除いて)変えずに、蜜腺の発達や花びら・萼片のかたちが変わることでマメ科・ヒメハギ科・シソ科(一部)と同じ送粉様式を持つようになったことになる。

オトギリソウ科オトギリソウ科の花式図の一例

ケシ科の花とよく似た特徴を持つオトギリソウ科やハマナスの花との比較でも、同じことが成り立つ。

ケシ目の3つの科の間の共通性は系統的に近いことによる(起源が同じ)類似性、ケマンソウ科とマメ科・シソ科(一部)の送粉のしくみの共通性は同じような機能を持つようになったことによって別々のグループでそれぞれに進化した(起源が異なる)類似性の例である。花のような複雑な器官は、機能を強く反映して収斂をしやすい部分と、祖先から受け継いだ特徴を残しやすい部分とが組合わさっている。


9-2-3. 「退化」と器官の欠失・痕跡器官

器官が進化の過程でもともとのはたらきをなくしたり(たいていは小型化・単純化する)、あるいは消失することを「退化」[degeneration]と呼ぶ。

だから、退化は進化の結果としてみられる現象の1つで、字面から連想するような「進化の反対」ではない。

器官の消失は、系統的に近いグループと比較によって推定される。例えば、タケニグサの花弁が消失したことは、近縁なクサノオウの花と比べることで推定できる。

消失はしていないものの、何らかのはたらきをしているとは考えにくい器官がしばしば見られる。このような器官が近縁なグループとの比較や他の部分との比較から、退化を経た状態だと推定されるとき、それらは、痕跡器官[vestigial organ または rudimentary organ]と呼ばれる。

スナヅル半寄生植物であるスナヅル(クスノキ科)。茎は他の植物の茎に吸い付く吸盤を持っていて、タコの足に似ている。葉は退化して魚の鱗(うろこ)のようになっている。

トベラトベラ
トベラ(トベラ科)の雌花と雄花の中心部。雌花の雄しべ、雄花の雌しべは機能がない痕跡器官。

ただし、トベラの例では、別の解釈も成り立つ。トベラのような動物媒花の場合、訪花者にとって雌花と雄花が区別できないことにメリットがある。ベゴニアのように「雌花が雄花を真似ている」と考えられているものさえある。雌花の雄しべ・雄花の雌しべは、雌花と雄花のかたちの違いを小さくする意義を持っている、という可能性もある。
9-2-4. 自然選択

生物の形態は、細胞の中の遺伝情報が発生過程をコントロールし、その枠内で周囲の環境条件の影響が加わることで形成される。形成された形態の中には、生育し繁殖をする過程で何らかの機能(生理的・生態的な役割)を果たしているものがある。だから、生物の一生では、

遺伝情報→発生→形態→機能

という一方通行のつながり(因果関係)が無数に繰り返されている。

進化の過程で遺伝情報が変化し、つながりも変化する。しかも、その変化によって、因果関係の末端にある機能と環境条件との間に対応関係(適応)が生じる。

この不思議な現象は、下のようなプロセス=自然選択(自然淘汰)[natural selection]によって起こった、と考えられている。

  1. DNAの突然変異と有性生殖によるゲノムの混ぜ合わせによって、個体どうしの間に特徴の違い(個体変異)ができ、
  2. それが個体どうしの生存・繁殖上の有利・不利、言いかえると、適応度[fitness](残す子孫の数の期待値)の差につながる
  3. 以下、繰り返し
ゲンノショウコゲンノショウコ
ゲンノショウコ(フウロソウ科)の花色に見られる個体変異

ヘクソカズラヘクソカズラ
ヘクソカズラ(アカネ科)5個体の花

自然選択以外のメカニズムによって適応を説明することもできるかも知れない。例えば、次のようなものだ。

  1. 因果関係の逆転(遺伝子←発生←形態←機能)を起こすような仕組み(たとえば、用不用説+獲得形質の遺伝)
  2. 機能の変化を予測して遺伝子が変化するような仕組み(たとえば、環境の変化に応じてそれに適応した機能ができるように遺伝子が変化する)
  3. 機能の変化を予測して遺伝子を変化させる知的存在(全能の神、宇宙存在など)が関与している。

これらの説の難点は、上で述べたような仕組みや知的存在の実在が示されていないことだ。

自然選択は、あり合わせの材料から一番ましなものを選びだすことに似ている。「ありあわせで済ませる」ことは、最も手っ取り早いやり方ではあるが、長い目で見ると決して能率的ではなく、いろいろなところに無駄が残る。そして、生物の世界のいたるところに、適応が、「全く新しい器官を作り出す」のではなく、「ありあわせの器官を作りかえる」ことだったことを示す証拠が見られる。痕跡器官も、その一つだ。

適応による多様化や収斂が、その生物の歴史を見えなくするほど強力になることは、めったにない。別々の歴史をたどってきた生物が同じような環境に適応したために同じようなはたらきをする器官を持つようになった場合でも、器官のどこかに過去の歴史の違いが残る。また、痕跡器官は、決して特殊な例ではない。生物のからだは、その目的からすると決して完全ではなく、過去の歴史を引きずった不合理と無駄を持ち続けている。このことを、「適応の不完全性」という。

もっと創造的で計画的な力(例えば、神の力)が働いて適応を作り出したのだ、と考える人もいる。19世紀以前のヨーロッパでは、キリスト教の唯一神がすべての生物を創造したと考えられていたため、適応は神の全能性(神の摂理)の証拠であるとされていた。もし、その通りだとしたら、進化の研究には神の動機や思考形式を直観的に洞察できるような天才が必要だったかも知れない。しかし、自然選択によって起こった適応は、計画的な犯罪というより衝動的な犯罪にずっと似ている。どこかに手掛かりが残されていて、地道に物的証拠を集めることで解決することが期待できる。


9-2-5. 進化と多様性

わたしたちは、生物の多様な形態は、一つの祖先から多数の系統に枝分かれしていくあいだに、自然選択がはたらくことによってできた、と考えている。

地球は、気候や地形・地質(や水質)の異なる、さまざまな地域の集まりだ。また、ほとんどの生物は、他の生物との間に、さまざまな相互関係を結んでいる。物理的環境と生物的環境の組み合わせの結果、生物にとっての環境は、大変多様なものとなる。

生物は、自然選択の結果、資源の種類や利用方法に適応した形態を持つようになる。しかし、適応は、完全なものではない。同じような環境に適応していても、祖先が違う生物どうしでは、形やはたらきに違いが見られる。また、生物の特徴の間にはトレードオフの関係があり、同じような環境に対して複数の適応戦略が成り立つことも、多様性に貢献しているだろう。


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