6-8. 動物媒花:制御
6-8-1. 訪花者の振る舞いを制御する花
ホウセンカ ホウセンカ
ホウセンカ(ツリフネソウ科)から吸蜜中のハナバチ。蜜は萼片の細長い突出部(距)の先端にあり、ハナバチは広がった花弁を足場に、距の入口手前にあるオレンジ色の蜜標を目標に花に潜り込み、口吻を伸ばす。一連の過程で、ハナバチの進路に上から垂れ下がった葯の先端または柱頭がハチの後頭部に接触する。

花の特徴によって訪れる送粉者の動きが制御される場合がある。例えば、ホウセンカやツリフネソウの花では、ハナバチが花のどこに脚を掛け、どのように動いて蜜を目指すかは、ほぼ決まっている。

送粉者の制御には、次のような要素が関わっている。

  1. 蜜腺の位置
  2. 花被の斑点や色分け模様のような蜜のありかを示す目印(蜜標[nector guide])
  3. 送粉者が脚を掛けやすい足場
  4. 葯と柱頭の位置

A~Cによって送粉者の動線が決められ、それに合うようにDが設定される。

訪花者の制御には、次のような利点がある。

  1. 葯や柱頭が送粉者の体表の特定の場所に当たる。
    1. 花粉が柱頭に付着する確率を高め、花粉量や柱頭面積の節約につながる
    2. 送粉者が除去あるいは回収できない部位に花粉をつける
  2. 送粉者が柱頭→花粉の順に接触するようにしむけ、自家送粉を避ける
  3. 送粉者の動きで花(とくに、大事な子房)が傷つくのを防ぐ
  4. 蜜花の場合、花粉が食べられるのを防ぐ
6-8-2. 左右相称花

訪花者の行動を制御する花は、横か斜めに咲き、花を正面から見たときに、明確な上下があり、制御の対象である訪花者の上下と一致している。このような花を「左右相称花」という。

ホウセンカサツキ
ホウセンカ(ツリフネソウ科)とサツキ(ツツジ科)

花は、正面から見たときの対称面の数によって、以下の3つに分けられる。

  1. 左右相称花[zygomorphic flower]: 対称面(面の左右が鏡像になるような面)が1つしかない。
  2. 十字相称花[bisymmetric flower]: ほぼ直角に交わる2本の対称面を持つ
  3. 放射相称花[actinomorphic flower]: 3つ以上の対称面を持つ
ユキノシタ花
上: ユキノシタ(ユキノシタ科)の左右相称花
右上: セイヨウアブラナ(アブラナ科)の十字相称花
右: アジサイ(ユキノシタ科|アジサイ科)の放射相称花
セイヨウアブラナ
アジサイ
ここで言う「対称性」は、人間の顔は厳密には左右対称ではないが、近似的には十分左右対称なのと同じことで、近似的なものだ。

左右相称の程度はいろいろで、ユキノシタやホウセンカの花のように非常にはっきりと花の上下の違いがあるものを「強い左右相称」、サツキのように比較的違いが弱いものを「弱い左右相称」という。

Pelargonium園芸品_紫外線写真
ペラルゴニウム属(Pelargonium)テンジクアオイ系の園芸品(フウロソウ科)の花と簡易紫外線写真。上の2枚の花びらは、下の3枚と比べて、形と色合いの差はわずかだが、紫外線の吸収パターンが大きく違う。人間には弱い左右相称に見えるが、昆虫にとっては左右相称はずっと強くなる。
6-8-3. ハナバチ媒の蜜花に見られる制御の例

ハナバチ媒の蜜花には、典型的な制御のしくみを持つものが多い。こういう花では、ハナバチが着地する場所や蜜を求めて体を動かす道筋が決まっている。葯と柱頭は互いに接近していて、ハナバチが訪花し、吸蜜して去るまでの一連の動きの中で体表のほぼ同じところに葯と柱頭が触れる。ハナバチが同種の別の個体を訪花すれば、高い確率で送粉に成功することになる。

昆虫昆虫の体の模式図
1―頭部(頭) 2―胸部(胸) 3―腹部(腹)
4―触角 5―単眼 6―複眼 7―口器
8―前胸 9―中胸 10―後胸
11―前翅 12―後翅
13―前肢 14―中肢 15―後肢
16―腹部第1節

葯・柱頭の付着部位で分けると、次の2つが多い。

ハナバチは毛に覆われた体表についた花粉を脚を使って後肢の花粉籠にかき集めるが、上のような場所には脚が届きにくい。

「腹面」は昆虫の「腹部」と紛らわしいが、他に適当な表現が思いつかない。"noto-"は胸の背面、"sterno-"は胸の腹面(前面)、"-tribic"は摩擦を意味している。
背面摩擦送粉

背面摩擦型の花の方が例が多く、ツリフネソウ属(ホウセンカの仲間)・ラン科・アヤメ科・スイカズラ科・キキョウ科・シソ科などさまざまなグループに見られる。トンネルのような送粉者の通り道の天井から柱頭や葯が下向きに突き出している形の花が多い。

ホウセンカホウセンカ
ホウセンカ ホウセンカ(ツリフネソウ科)の花は、花被片が組み合わさってラッパのようになり、入口にちり取りのようなひらひらがついている。花の後ろ側には細長いひものような距(きょ)がついている。花を正面から見ると、入口の上から葯(開花前期)または柱頭(開花後期)が突き出していて、ホウセンカの花にもぐり込むミツバチの背中に触れる。

ラン科の花では、ハナバチは「唇弁」(リップ)[lip]と呼ばれる足場に便利な花被片の上を、奥の蜜を吸うために往復する(シランのように、見かけのみで蜜を出さない種類もある)。唇弁の真上には、雄しべと雌しべが合わさって1本の柱のようになった蕊柱―ずいちゅう―(カラム)[column]があり、蕊柱の先端に柱頭と花粉塊がある。→シラン(ラン科)の花

コケイランコケイラン
サルメンエビネシラン
コケイラン(上2つ)・サルメンエビネ(下左)・シラン(下右)の花(いずれもラン科)。多くのラン科では、唇弁は色・形とも他の花被片より目立つ。ハナバチは、唇弁を伝って前進するときに背面が柱頭に擦れ、後退するときに、背面に花粉塊が付着する。

シラン花粉塊・ニッポンヒゲナガハナバチ雄シランが咲いている周辺では、花粉塊が背面に付着したハナバチがひんぱんに見られる

アヤメ科アヤメ属(アヤメ・ノハナショウブ・キショウブ・アイリス類など)の花は、背面摩擦型の花が3つ集まったものに相当する。→アヤメ属の花

ノハナショウブノハナショウブの花にもぐり込むトラマルハナバチ

ホタルブクロホタルブクロ
ホタルブクロ(キキョウ科)の花。5枚の花びらが互いに融合して太い花筒を作っている。花筒の内側には毛が生えている。雌しべと雄しべは花筒の中心に1本の細い柱となって突き出す。ハナバチは花筒の内側に止まって吸蜜をする。そのときに、ハチの背中が葯・柱頭に触れる。
腹面摩擦送粉

腹面摩擦型は、背面摩擦型と比べるとやや少なく、マメ科・ケマンソウ科・ヒメハギ科・シソ科などに例が見られる。葯と柱頭は上を向いていて、ハナバチの足場となる花弁に収納されている。ハチが乗ると花弁が押されて下がり、葯と柱頭が突き出す。

マメ科の「蝶形花」と呼ばれる花では、蜜は旗弁(上にある大きな花びら)の付け根の奥にある。ハナバチが旗弁の下の2対の花びらを足場にして潜り込むと、足場となった花びらがぐっと下がり、中に包まれている葯と柱頭が露出して腹面に触れる。

ゲンゲゲンゲ(レンゲソウ)(マメ科)の花

ゲンゲ・ニホンミツバチ
ゲンゲ・ニホンミツバチ吸蜜するミツバチの腹部に、雄しべとめしべの先端が押しつけられている
シソ科の唇形花

シソ科の草本では花冠の先端が上下にぱっくりと分かれることが多く、「唇形花冠」と呼ばれる(→シソ科の唇形花)。上の方を「上唇」、下の方を「下唇」という。シソ科の唇形花では、背面摩擦型と腹面摩擦型の両者が見られる。

オドリコソウ

オドリコソウ(シソ科)では、花びらは一体化して先が曲がった筒になり、先がくちばしのように上下に割れて、上唇は傘のようになり、下唇はひれ状になっている。葯と柱頭は、傘の下に隠れている。ハナバチが下唇に着地して筒にもぐり込んで蜜を吸うときに、葯と柱頭はハチの背中に触れる。

オドリコソウ

オドリコソウオドリコソウ
ハナバチが花に潜っているところ(左)と吸蜜が終えて花から離れようとしているところ(右)

ヤマハッカ
ヤマハッカ

ヤマハッカ(シソ科)では、オドリコソウと逆に、上唇がひれ状、下唇は二つ折りになっていて、葯・柱頭は下唇の中に収まっている。ハナバチが下唇に着地して筒の中に潜り込むときに、葯と柱頭がハチの腹に触れる。

ヤマハッカ
ハナバチ(おそらくスジボソコシブトハナバチ)が花をこじ開けて嘴を差し込んでいる。
6-8-4. トラップ送粉

ウマノスズクサ(ウマノスズクサ科)やマムシグサ(サトイモ科)は、昆虫を花(ウマノスズクサ)や花序(マムシグサ)の中に閉じこめ、動き回らせて受粉する(トラップ送粉[trap pollination])。ウマノスズクサの花は両性花で花粉をつけて昆虫を解放する。雌雄異株のマムシグサでは、雄花序は昆虫を解放するが、雌花序からは昆虫は逃げられない。

ウマノスズクサ 咲き始めのウマノスズクサの花(断面)。雌しべ・雄しべがある部屋への通路には斜めの毛が生えており、逆行の妨げになる。時間が経つと柱頭が閉じて代わりに葯から花粉が出てくる。そのころになると毛がしなびて通路から出られるようになる。
ウマノスズクサ

マムシグサマムシグサマムシグサの花序は深いカップ状に丸まった葉(仏炎苞)に包まれている。ハエの仲間が仏炎苞の先から入り、下に降りて小さい花が密集している空間に入ると、仏炎苞の「返し」に阻まれて上に戻ることができず、出口を探して動き回る。
雄花序雌花序
マムシグサマムシグサ
雄花の花粉に塗れたハエは仏炎苞基部の小さなすきまから脱出できる
マムシグサマムシグサ
マムシグサ
仏炎苞にはすきまがなく、ハエは脱出できずに力尽きる
6-8-5. 選別や制御には失敗もある

花による訪花者の制御は、常に成功するわけではない。

送粉シンドロームに合わない訪花者が、選別をすり抜けたり、強行突破することもある(選別の失敗)。このような場合、制御もうまくはたらかない。また、花に適合した訪花者であっても、花の形態から予測されるような行動を取らず(制御の失敗)、訪花者≠送粉者となることがある。

ヤマフジ・セダカコガシラアブヤマフジ(マメ科)の花弁のすきまから長い嘴を突き刺して吸蜜するセダカコガシラアブ。

サツキ園芸品・セダカコガシラアブ
サツキ園芸品(ツツジ科)の花から吸蜜するセダカコガシラアブ。葯や柱頭を避けて花の奥に飛び込み、嘴を差し込む。

ソメイヨシノ
スズメについばまれて地面に落ちたソメイヨシノ(バラ科)の花。メジロやヒヨドリは、サクラの花の中に嘴を差し込んで萼筒の中の蜜を吸うが、嘴の太く短いスズメは蜜の部分を外から食いちぎり、花を落とす。
スイカズラと訪花昆虫の多様な関係
スイカズラ
スイカズラ(スイカズラ科)の花。

スイカズラ(スイカズラ科)はさまざまな昆虫の訪花を受ける(前の方で述べたように、夜間はスズメガによって送粉される)。花に潜り込んで吸蜜するコマルハナバチは、コマルハナバチは腹端の毛に花粉がついており、おそらく有効な送粉者だ。

スイカズラ
潜り込んで吸蜜するコマルハナバチ

しかし、一方では、スイカズラの花筒に孔を空けて吸蜜する(盗蜜する)コマルハナバチもいる。盗蜜をするハチは盗蜜ばかりを繰り返す傾向があり、腹端には花粉がついていない。

スイカズラ
盗蜜屋のコマルハナバチ

この例のように、同種の訪花者であっても送粉する個体と盗蜜する個体に分かれる場合がある。

スイカズラ・クマバチ
盗蜜するクマバチ。腹部に花粉がついている。正面から潜り込むのを試みるが、嘴が蜜に届かないらしく、あきらめて花にまたがり花筒に嘴を刺して蜜を吸う。正面から潜り込んで失敗するときにも花粉がつくし、盗蜜のときにもコマルハナバチより動きが荒々しいので花粉がつく。

逆に、盗蜜者や花に潜り込まずに花粉だけを食べる訪花昆虫がが送粉に関与することもある。だから、選別・制御に失敗しても、送粉が必ず失敗するとは限らない。

スイカズラ・ホソヒラタアブ
スイカズラ(スイカズラ科)の雄しべにつかまって花粉を食べるホソヒラタアブ。体に花粉がついており、送粉に関与している可能性がある。

動物送粉は一筋縄ではいかない複雑な現象だ。同じ種の花であっても時期や地域によって訪花者は違うことがある。また、同じ訪花者であっても行動には個性がある。


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