8-2. 非動物散布
8-2-1. 自動散布 [autochory] (自力射出散布 [autonomous ballistic seed dispersal])
カラスノエンドウ・ゲンノショウコ・ムラサキケマン・ツリフネソウなどでは、果実が熟するにつれ、果実の皮に裂けようとする力が掛かるようになる。その力が皮をつなぎ止めている力を越えたとき、果実は瞬間的に分解して、種子が飛び出していく。カラスノエンドウやムラサキケマンでは、種子を果実につないでいる種柄は、種子を果実の壁に押しつけて種子の発射を助けている。
裂開しようとする力は、主に2つのタイプがある。
乾燥による収縮率の違いによる力。果実は乾燥し、緑色を失っている。この場合、果実の変形は乾湿運動で、雨や湿気などに当たると元に戻る(もちろん、裂け目がなくなるわけではない)。カラスノエンドウ・ゲンノショウコなど。
細胞の伸長や膨圧による力。果実はみずみずしく、緑色を保っている。裂開して種子を飛ばした後は、元に戻ることはない。ムラサキケマン・ホウセンカ・ツリフネソウなど
カラスノエンドウの果実。果実(さや)は、熟するにつれ、緑色から黒に変わる。黒くなったさやは、皮がねじれて音を立てて割れ、種子を飛ばす。雨上がりに見ると、割れたさやのねじれが取れて、まっすぐになっている。
熟す前のさやを2つに裂いたところ。
さやの中の種子は、小舟のようなかたちの種柄に乗っかっている。熟したさやの中では、種柄は種子を押し出すように力を加えている。皮のねじれの力と種柄の力が限界を超えると、瞬発的にさやが割れ、種子を弾き飛ばす。
ゲンノショウコ(フウロソウ科)の果実は、熟して乾燥すると中心軸で5つに分かれ、花柱(の1/5)がぐいっとまくれ上がって子房(の1/5)を跳ね上げ、種子を弾き飛ばす。
ムラサキケマン(ケシ科)の果実は2枚の皮と種子がついている2本の「すじ」でできている。果実のつけねで「皮」がまくれ上がり、瞬間的にゼンマイのように巻いて種子を弾き飛ばす。 巻いた「皮」と「すじ」は果実の先端でつながったまま果柄から離れて落下し、果柄だけが残る。
ホウセンカ(ツリフネソウ科)の果実は、熟すると緑色があせて、ちょっとしたきっかけで弾けるようになる。背中側の白いすじが裂け目になる。果実の中には種子がついた軸がある。
果皮には内側へ巻き込もうとする強い力がかかっている。裂け目ができるとバランスが崩れて力が一気に解き放たれる。巻き込む果皮が種子のついた軸を押し上げる。
果皮に押された軸は、つけね(細くなっている)で外れ、瞬間的に斜め上に弾き飛ばされ、つけねを中心に回転しながら飛んでいく。種子が軸から離れて四方八方へ飛び散る。
8-2-2. 風靡(ふうび)散布 (風力射出散布 [Wind-Ballistic/Anemoballistic seed dispersal])
風によって茎が強く振り動かされたときに果実から種子が飛散する。このような散布様式を取る植物は、ほぼ全てが草本で、次のような特徴が見られる。
風散布(次項)では散布体が風を受けて飛散するのに対し、風靡散布では風による茎の揺動が種子を弾き出す。
果実がついている茎は、ひょろ長く直立する。果実が熟するまでに枯れ上がって乾燥しており、丈夫でよく撓う(しなう)
種子の出口は狭かったり上向きだったりして、果実がつく茎が大きく靡かないと果実から出られないようになっている
種子は、小型・粒状(ケシの仲間など)や風に乗りやすい形状(ユリなど)であることが多い。後者の場合は風散布との併用になる。
ナガミヒナゲシ(ケシ科)の果実は、熟して乾いてくると、柱頭の下に種子がやっと通れるくらいの細いすきまができる。
タカサゴユリ(ユリ科)の果実。1~数個が枯れ上がった直立茎の先端につく。縦に3つに裂けるが、側面は筋が残っていて、種子の出口は上しかない。種子は翼があり、風に乗って飛散する。
このような散布様式を持つ植物を、自動散布"autonomous ballists"=「自力射出(植物)」に対して"Wind-Ballists/Anemoballists"=「風力射出(植物)」と呼ぶこともある(例えば、van der Pijl 1982: 69)が、あまり定着しておらず、"ballistic seed dispersal"=自動散布とされることが多い。日本語にも定まった名称はなく、仮に「風靡散布」とした。
van der Pijl L 1982. Principles of Dispersal in Higher Plants (3rd ed.). Springer-Verlag Berlin Heidelberg. 218pp. ISBN(eBook) 978-3-642-87925-8DOI10.1007/978-3-642-87925-8 ISBN(Softcover)978-3-642-87927-2. Link
8-2-3. 風散布 [anemochory]
風にとばされる果実・種子には、膜状の部分や毛でふさふさとした部分がついていて、風に乗りやすくなっていたり、地面に落ちるまでの時間を稼ぐようなしくみがついているもの、また、種子が非常に小さくて軽く、わずかな風でも空中を浮遊するものがある。
膜状の部分(「羽根」)を使う。果実の羽根は、果皮の一部が変形して出来ることが多いが、他の部分、例えば、花被片や萼片が羽根になることもある。また、ケヤキやシナノキでは、花や花序がついている枝ごと散布され、枝についている葉が羽の役をする。
羽根は果実/種子をぐるりと取り巻いている
羽根は果実/種子に片寄ってついている: 回転運動をしながらゆっくりと落下するものが多い。
毛を使う。果実/種子の一部に毛の束やふさふさした羽毛状の毛がある
埃種子: 種子が非常に小さくて軽く、わずかな風でも空中を浮遊する。種子は小さいだけでなく、内部に空間が多い。埃種子をもつ種の多くは、風靡散布の特徴ももち合わせる。
散布体
果実/果序/分果
種子
部位
羽根
取り巻く羽根
果皮 アキニレ
ユリ類・ヤマノイモ
花被片 スイバ
片寄る羽根
果皮 カエデ・アオギリ
アカマツ・ヒマラヤスギ
萼片 フタバガキ科・ツクバネウツギ類
花序の葉 ケヤキ・シナノキ
毛
毛の束
萼 多くのキク科
キョウチクトウ科(ガガイモ科を含む) アカバナ
花柄の毛 多数のイネ科(ススキ・チガヤなど)
羽毛状
花柱 センニンソウ・チングルマ
埃種子
―
ラン科のほとんど・ギンリョウソウモドキ
果実/種子を羽根が取り巻く
スイバ(タデ科)の果実。3枚の花被片が成長して果実を包む込むような羽根となる。果実がぶら下がっている柄には、途中でくびれたところがあり、強い風が当たると、そこでちぎれて飛んでいく。
スイバ(タデ科)の果実から、花被片の1枚を取り除いたところ。濃褐色の果実が見える。
ウバユリ(ユリ科)の種子
ウバユリの果実(茎を手で揺らして撮った写真)。果実の裂け目は多数の筋でカバーされていて、種子の出口は果実の上端にしかない。茎が傾くような、あるいは、種子が捲き上げられるような強い風のときにだけ、種子が出てきて、風に乗る。 <
果実/種子に羽根が片寄ってつく
トウカエデ(カエデ科|ムクロジ科)の分果
アオギリ(アオギリ科|アオイ科)の散布体。果実は、心皮に相当する5つの分果に分かれ、散布される、種子が果皮のへりについている。
ケヤキ(ニレ科)の散布体
毛の集まりを持つ果実/種子
テイカカズラ(キョウチクトウ科)の果実と種子
ツワブキ(キク科)。毛(冠毛)のある果実がかたまってついている。
センニンソウ(キンポウゲ科)。一つの花に多数の雌しべがあり、それぞれが果実となる。花柱の毛が成長して風散布に役立つ。
埃種子
埃種子をもつ植物の多くは風靡散布的な特徴を示す。果実をつける茎(果茎)は熟するまでに枯れ上がり、乾いてよくしなうようになる。風で揺れるたびに、狭い隙間から種子が出てくる。
シラン(ラン科)の茎は、果実が熟するまでに枯れ上がり、風で揺れる。種子は「おがくず」形で、中央部だけに中身があり、他は中空。
縦の狭い裂け目から種子が出て風で散布される。散布が進むにつれて裂け目は広がり、最後に果実が空っぽになる。
8-2-4. 水散布 [hydrochory]
水で散布される果実・種子には、雨水により流されるもの(雨滴散布)と、川の流れ・海流・湖沼の水で運ばれるものとがある。
雨滴散布
小さめの種子は、地面にあれば程度の差はあっても雨水により流される。だから、意外に多くの植物の散布に雨は関与しているのかもしれない。さらに、上向きにカッブ状に開いた果実や降雨に応じて果実が開くなど、雨水による散布に対応したはっきりとした特徴を持つ種類もある(Nakanishi 2002)。
Nakanishi H (2002) Splash seed dispersal by raindrops. Ecological Research 17: 663-671. DOI: 10.1046/j.1440-1703.2002.00524.x
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ヤマネコノメソウ(ユキノシタ科)
林の中で咲く小さな草、ネコノメソウ類(ユキノシタ科)では上を向いてカッブのように開いた果実に、小さな種子が入っている。雨が降ると、カップに溜まった水といっしょに種子が溢れ出し、地表を流れていく。フデリンドウ(リンドウ科)では、果実が濡れると開いてカップ形になり、乾燥すると閉じる。
フデリンドウ(リンドウ科)の果実。成長した子房が突き出して、上の方がわずかに開く。写真の果実ではゼンマイのように巻いた花柱が残るが、残らないときもある。
上の写真から一雨過ぎたあとのようす。雨が降ると果実の上部が大きく開く。種子が雨水とともに溢れ出していくのだろう。陽が射してあたりが乾いていくとともに、開いたのが元のように閉じてしまった。
河川・海流・湖沼の水で運ばれる果実・種子
河川・海流・湖沼の水で運ばれる果実・種子の特徴は、外見よりも内部構造にある。胚・胚乳を覆っている皮(種子なら種皮、果実なら果皮と種皮)の一部が厚くて空気をたくさん含んだスポンジ状の組織になる。このことで全体の比重が軽くなり、水流に乗りやすくなり、また、岸にうちよせられやすくなる。南西諸島に多い海流散布される種子・果実には典型的な例が多く、果実・種子はかなり大きいが、半分に切って中を見ると胚・胚乳に対して厚くて空気を含んだ皮の占める割合が大きい(果実ではタコノキの仲間・サガリバナ・モモタマナなど、種子ではハマオモトなど)。
ハマダイコン(アブラナ科)の果実。枯れた茎に乾いた果実が、他の多くのアブラナ科のように裂開しないで残る。果実は先がとがっていて、くびれがある。
果実の縦断面。外見に比べて小さな種子が、厚いスポンジ状の組織に埋め込まれている。くびれのところは種子と種子の中間に当たり、ほとんど空洞になっている。
種子の位置とくびれの位置での横断面。くびれの部分は、薄い仕切りと外果皮だけでつながっている。
くびれのところは、熟した果実は、くびれのところがちぎれて、種子1個を含む分果(節果)ごとに散布される。
モモタマナ(シクンシ科)。熱帯の海岸近くに生育し、南西諸島では街路樹にもよく使われる。典型的な海流散布種子で、スポンジ質の果皮が占める割合が大きく、種子は果実のわりに小さい。
海流散布体は、遠く離れた地の海岸に漂着することもある(漂着果実)。日本の海岸では、熱帯・亜熱帯から暖流に乗って漂着するものが多い。
芦屋海岸に漂着したココヤシ(ヤシ科)の果実
ニッパヤシ(ヤシ科)・ゴバンノアシ(サガリバナ科)の果実。両種とも熱帯性で、日本では八重山諸島でしか見られない。
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