日本(福島県・石川県以南)・朝鮮半島南部・中国東南部に分布するキク科の多年草。葉は常緑で円に近い多角形のつやのある葉身と長い葉柄があり、ロゼット状につく。茎は花と実をつけるためだけに伸び、途中には退化した小さな葉がつく。茎の先に頭花がかたまってつく(頭花の数はさまざま)。頭花は40〜70個の花でできている(舌状花が10個くらい、残りは筒状花)。
ツワブキは日本の温暖な地域ではごくふつうに見られる種で、学内でも至る所に見られます。この実験では、技術科農場管理棟の裏手でツワブキの個体群調査を行います。ここには、わりと個体密度(個体数/面積)の高い個体群があり、明るくて開花個体が多いところと暗くて非開花個体が多いところとがあります。ここでは、前者にある個体群を「明所個体群」、後者にある個体群を「暗所個体群」と呼びます。
今回、ツワブキを材料にするのは、次のような理由によります。
個体群の特徴のうち、最も基本的なのは個体数や個体密度です。これらは、説明する必要もないほど簡単なものです。しかし、生態学や保全で重要なのは、個体数の時間的変化のパターン(個体群動態)です。
将来の個体群動態を直接決めるのは、
「逆もまた真」で、過去の個体群動態は、齢構成やサイズ構成に反映しています。
今回は、個体数推定はあまりし易い材料ではないので、個体密度で代用します。個体群動態は継続的な調査によるのが常道ですが、便法として、サイズ構成と繁殖成功率によって間接的に推定する方法を採ります。
例えば、出生率が高いために個体数が増加している個体群は若い個体が多く、より「裾広がり」の齢構成を持ちます。ただし、齢構成は、出生率と年齢別の生存率(生命表や生存曲線で表される: 参照)の両方を反映しますから、齢構成だけから個体群動態を推定することは本来できません(この実験の限界です)。
個体のサイズは何とかして推定可能であることが多いが、齢は判定が難しいものが多い。特に、植物は動物よりも成長様式の自由度が高いため、年齢よりもサイズ(個体の大きさ)の方が調べやすい。幸いにして、植物の形態や生態は年齢よりもサイズに大きく左右される。例えば、樹木や多年草では、花が咲くかどうかは、植物の年齢ではなくサイズで決まることが多い(ただし、寿命が決まっている一年草や二年草はこの限りではない)。
サイズは植物体の乾燥重量を使います。乾燥する前の重量(生重量)は、天気・湿度・土壌水分によって大きく変化するので、乾燥重量の方が優れています。乾燥重量・生重量とも計測は破壊的(調査・検査によって対象が死んだり、壊れたりする)になってしまうので、概算葉面積と乾燥重量との関係から非破壊的に推定する方法を採ります。[時間の関係で、概算葉面積だけで済ます場合もあります]
これは植物の場合で、動物の生重量は植物ほど環境に反応して変化しない(浸透圧調節の様式が異なる)うえ、秤で生重量を量ってリリースすればあまりダメージを与えないことが多い。
繁殖成功率は、「どれくらい花を付けるか」(頭花の数)、「付けた花のどれくらいが実になるか」(結実率)の2つを調べることによって推定します。
「開花するかしないか」「開花している個体の頭花の数」「結実率」には、「植物サイズ」「日照条件」がどのように影響しているかを挙げておきます。もちろん、調査中に気づいた他の問題も考察に加えることを推薦します。
方形区調査
「明るくて開花個体が多いところ」と「暗くて非開花個体が多いところ」の双方に方形区(大きさは2m×2mくらいが目安だが、調査地で決める)を設置し、その中に根際がある個体を調査の対象にします。
個体 番号 |
X 座標 |
Y 座標 |
葉の幅と長さ | 頭花 の数 |
食害 |
1 | 20 | 30 | 25×20、22×22、 18×16、13×15 |
8 | なし |
2 | 40 | 80 | 20×19、17×18、 10×8 |
5 | 葉の一部 が欠損 |
3 | 50 | 40 | 28×28、24×22、 22×22、14×13、 10×9 |
12 | 潜葉虫 |
4 | 70 | 80 | 15×15、13×14、 8×8 |
0 | なし |
概算葉面積―乾燥重量の関係の推定の準備
個体 番号 |
葉の幅と長さ | 頭花 の数 |
食害 | イモ の数 |
葉の 乾重 |
花茎の 乾重 |
地下部 の乾重 |
1 | 25×20、22×22、 18×16、13×15 |
8 | なし | 7 | |||
2 | 20×19、17×18、 10×8 |
5 | なし | 4 | |||
3 | 28×28、24×22、 22×22、14×13、 10×9 |
12 | 潜葉虫 | 6 | |||
4 | 15×15、13×14、 8×8 |
0 | なし | 2 |
本当は、概算用面積以外にもいろいろなところを計っておき、乾燥重量と最もきれいに相関する計測値を探し、それから方形区調査をするが、今回は時間の節約のため順序を逆転している。
結実率の調査
結実率(果実の数/花の数)は、後日計測します。個体ごとに頭花を採取して分解し、子房が膨らんでいるものと膨らんでいないものの数を数えます。キク科の場合、果実には1個しか種子が入っていないため、果実を数えれば、それで種子を数えたことになります。
果実の中に種子が複数入っているような場合は、種子の数と種子にならなかった胚珠の数を数える必要がでてくる。
花が咲いてそれほど立たないうちは果実になるものとならないものの差がほとんどなく、また、完全に熟して子房が茶色になると取れてどこかに行ってしまうため、子房が膨らんでいるがまだ白っぽいくらいのときに採取して計測します。
概算葉面積
葉を楕円形と仮定して概算葉面積を求めます(概算葉面積 = π×葉身幅×葉身長)。個体の全ての葉の面積を加算して、個体ごとの概算葉面積とします。
概算葉面積―乾燥重量の関係の推定
乾燥重量を量った個体について、
乾燥重量の平均 = (A1/R)×概算葉面積の平均 + B1と置いてB1を算出します。
推定乾燥重量 = (A1/R)×概算葉面積 + B1を概算葉面積から乾燥重量を推定する換算式として使います。念のため、乾燥重量を縦軸に、概算葉面積を横軸にした散布図(XYグラフ)にし、推定式の直線を記入して確認します。
各個体の乾燥重量(推定量)の算出
上の換算式から、各個体の乾燥重量を推定します。
ここでは葉面積を使ったが、実際の調査では、生物に応じてさまざまな計測値が使われる。例えば、マムシグサ(右の写真)では茎の太さをサイズ推定に使った研究例がある。
各方形区のサイズ構成
推定した乾燥重量をサイズと定義して、各方形区のサイズ構成を棒グラフにします。サイズを多数の区間(サイズクラス: 例えば、0g〜1g・1g〜2g・2g〜3g・・・)に分割して、各クラスごとの個体数を棒の長さとします。
空間分布のグラフ化
方形区内の個体の分布をそのまま散布図にします。点の大きさはサイズクラスごとに差をつけ(もちろん、大きい個体ほど大きく)、点の色は、開花個体―黒、非開花個体―白にします。
結実率
方形区ごとに結実率の頻度分布を棒グラフにします。