光合成色素は、葉緑体内部のチラコイドの表面で、タンパクと結合した「アンテナ複合体」となって存在し、光エネルギーを受け取るはたらきをする。下の表のように、光合成色素の組成は植物のグループによって違う。
陸上 植物 |
緑藻 | 紅藻 | シアノ バクテリア |
褐藻 | 珪藻 | |||
1 | クロロフィル chlorophyll |
a | ● | ● | ● | ● | ● | ● |
2 | b | ● | ● | |||||
3 | c | ● | ● | |||||
4 | カロテノイド carotenoid |
β-カロテン carotene |
● | ● | ● | ● | ● | ● |
5 | キサントフィル xanthophyll |
ルテイン lutein | ● | ● | ● | |||
6 | フィコキサンチン fucoxanthin |
● | ● | |||||
× | フィコビリン phycobilins |
フィコエリトリン phycoerythrin |
● | ▲ | ||||
× | フィコシアニン phycocyanin |
▲ | ● |
光合成色素の違いは、細胞内の葉緑体の歴史を反映していると考えられている。右の図は生物の歴史をごく単純化して示したもので、緑系の棒(光合成色素を持つ生物そのものの系統)と矢印(光合成色素を持つ単細胞生物が、他の単細胞生物の葉緑体に変化したこと)は、光合成色素の歴史を示す。「植物」には、陸上植物・緑藻・紅藻などが含まれる。 ここに出てくる全ての光合成生物に共通するのはクロロフィルaとカロテンで、図で示されている進化の過程でも最も最初から存在していたと考えられる(光合成細菌は、これらを持たず、別の光合成色素を使うが、図では省略している)。
クロロフィルaのメチル基-CH3(疎水性)の1つがアルデヒド基-CHOに置き換わったものがクロロフィルbで、細胞内でもbはaから合成される。わずかな違いが色調の違いと移動速度の違いをもたらしている。
[左図] さまざまな光合成生物の色素の分離
被子植物: マルバノホロシ(乾燥葉)
裸子植物: ヒノキ(乾燥枝)
コケ植物: スギゴケ(乾燥)
地衣(緑藻+菌類): ナミガタウメノキゴケ(乾燥)
シアノバクテリア(藍藻): イシクラゲ(乾燥)
紅藻: 乾燥海苔
褐藻: 乾燥ワカメ
さまざまな光合成生物を使ったTLC(薄層クロマトグラフィー)では、それぞれの色素がバンドに分かれ、上の表の色素組成の違いを見ることができる(表と図で番号が対応づけてある。「×」がついているものは、水溶性の色素でアセトンに溶け出さない)。しかし、材料の保存状態や処理によっては、あるべき色素がない場合や、色素の誘導体が見えるときがある。
左の2例では、すべての試料でフェオフィチン pheophytin が見られる。フェオフィチンはクロロフィルのマグネシウム原子が水素原子2個に置き換わったもので、クロロフィルaにはフェオフィチンa、クロロフィルbにはフェオフィチンbが対応する。1'がフェオフィチンa、2'がフェオフィチンbと推定される。
地衣(ナミガタウメノキゴケ)の共生藻は緑藻だから、被子・裸子・コケ植物と共通のパターンを示すはずだが、クロロフィルaはなく、クロロフィルbも大変薄く、代わりにフェオフィチンaとフェオフィチンbが見られる。採取後の自然乾燥中に変化したのかも知れない。
乾燥ワカメでカロテンが見られないのも、食品加工時の何らかの処理によるものと思われる。
藍藻(シアノバクテリア)のイシクラゲでは、不明の(光合成色素以外の)柿色のバンド(a・b)が見られる。
フェオフィチンaは光合成システムでもはたらいてはいる(光化学系IIの構成要素の1つ)が、クロロフィルに比べるとほんのわずかな量でしかない。しかし、植物体が死んだ後には、条件によって、もっと多量のフェオフィチンがクロロフィルから出来る。緑茶では、茶葉を蒸す過程で、クロロフィルaのかなりの部分がフェオフィチンaになり、クロロフィルbもわずかだがフェオフィチンbに変わる。二・三年死蔵されて緑褐色になった茶では、クロロフィルa・bともほとんどがフェオフィチンに変わっている。
緑茶では、クロロフィル→フェオフィチンの変化が少ない緑の深い茶の方が品質的には望ましいらしい。ただし、煎茶を淹れたときの黄緑色は水溶性のフラボノイドの色で、クロロフィルとは関係ない(色調も違う)。抹茶や抹茶入りの煎茶では、クロロフィルの色も茶の色に含まれていて、煎茶よりも純粋な緑に近い。
また、クロロフィルとフェオフィチンの比率から水中や水底堆積物中の生植物と植物死骸の相対量を求め、植物プランクトンの活性を調べるのに使うこともある。