●野草のスケッチ

大学周辺に生えている野草を材料に、生物のスケッチの練習をします。

生物スケッチの一般的な注意
描線など
  1. 物の輪郭は、連続した一定の太さの線で描く。
  2. 細い物であっても、幅があるのが見えるのであれば、「線」ではなく、「2本の線に挟まれた領域」として描く。つい「線」として描きがちなものの例として、「雄しべの花糸」「雌しべの花柱」「細胞壁(顕微鏡の場合)」などがあります。茎や葉の毛のように大変細いものは線として描くことが多いのですが、それでもよく見ると幅の変化があることがあります。
  3. 立体感の表現。「陰影を使う」「複数の方向から描く」「文章で述べる」などのやり方があり、「陰影」には、さらに、「点描」「ハッチ」「薄塗り」などがあります。点描が推奨されることが多いようですが、下手な人や面倒臭がり気味な人がやると、あまりいい結果になりません。「複数方向」か「文章」を推奨します。
レイアウト
  1. 全体図と部分図に分ける。広い範囲を描かなくては分からない情報(例えば、植物全体のかたち)・細かく描かなくては分からない情報(雄しべ・雌しべのかたち、毛のかたち)を1つの絵に盛り込むと中途半端になる。植物のスケッチの場合、「全体図」「葉1枚のスケッチ」「花の拡大図」「雄しべ・雌しべなどの拡大図」「さらに追加すべき拡大図(表面の毛の拡大図など)」を併用するのが標準的です。
    細かいものをスケッチときには、面倒がらずにルーペや実体顕微鏡を使います。
  2. 立体的なものは、一方向だけでなく、複数の方向から描くようにする。例えば、花なら、正面と真横からの図を描く。
  3. 反復した構造は、適当に省略してよい(多くの場合、省略した方がよい)。同じようなものがたくさんついているときは、全部描こうとすると機械的な作業になって1つ1つがおざなりになることが多い。適当に略して書いたり、丸ごと省く。省くときは、「省いたことがはっきり分かる」ようにする。例えば、葉を描くのを省くときでも、葉の付け根のところだけは描いて、その先に省いたことを示す印(×など)を付ける。
1と2は、スケッチだけではなく、写真にも当てはまります。

書き込み

生物学のスケッチは、ほとんどの場合絵だけでは不十分です。

  1. 生物名・生物の採集地・部位名(生物の一部だけを描く場合)・日付・スケッチ者の名前など、基本的な情報
  2. 器官や部位の名称
  3. 倍率またはスケール。実際の大きさを表わすのには、この2つのやり方があります。どちらかというと、スケールの方があとで使うときには便利です。
  4. 色・匂い・動きなど、白黒の図では表現できない事項。それ以外でも、凹凸や光沢など、図で表現するのにある程度の腕が要るようなことは、意地を張らずに文で述べた方が良いことが多い。

学名

種以下の分類群(種・亜種など)の学名は属名に、日本語で言えば形容詞や連体詞などにあたる限定語=名詞の意味を絞る言葉(「種小名」または「種形容語」と呼ばれる)を付けたかたちで表される。ラテン語はスペイン語やイタリア語と同じように形容語が名詞の後に来るので、例えば、アカマツという種は、下のような具合になる。

Pinus densiflora Siebold. & zucc.
属名 種形容語 記載者

densiflora」は「花が密生している」という意味なので、アカマツの学名は「マツ属のうち花が密生しているもの」という意味になる。もちろん、これは固有名詞であって、たまたま栄養が悪いところに生えてるせいで花がちょっとしか着かないアカマツがあっても、それが「Pinus densiflora」であることには変わりがない。

  1. 属名や種形容語は、常にではないが、イタリック体や下線付きで書かれることが多い。
  2. 「記載者」は、その種名を規約に則って発表した人の名前(またはその略号)である。アカマツの学名Pinus densifloraは、シーボルトとツッカリーニが共同で発表した。記載者名の付け方は、動物と植物でも異なるし、常に付けるわけではないので、ここでは解説を省略する。

亜種や変種になると、さらに長くなる。

変種
カラスノエンドウはVicia angustifoliaの変種の1つで、
Vicia angustifolia varietas segetalis
となる。(「エンドウ属のうち葉が狭いものでさらに畑の変種であるもの」)。ふつうは「varietas」は省略形にして
Vicia angustifolia var. segetalis
とする。 Viciaの話をしていることがはっきりしているとき(例えば、本の同じページにViciaが何度も何度も出て来るとき)は、さらに省略して、
V. angustifolia var. segetalis

としてもいいことになっている。

亜種
ツクシシャクナゲ
Rhododendron degronianum subspecies heptamerum
Rhododendron degronianumの亜種である。「subspecies」は「subsp.」または「ssp.」と略すときが多い。動物では変種は使わないので、「var.」と区別する必要がないから「ssp.」も省略して
Apis cerana japonica
のように書く。上の学名はニホンミツバチで、トウヨウミツバチ(Apis cerana)の日本に分布する亜種である。

スケッチ見本(学内のみ)


●植物スケッチに特有な注意点
スケッチの材料を採集するときには、以下の点に注意します。
  1. 辺りを見回して、あまり数が多くないものは、根ごと掘り取るのは避ける。別の種類にするか、一部だけを取るようにする。
  2. 植物の一部を取るときには、手でもぎ取るのではなく、剪定鋏で切るようにする。その方が無駄なく必要部分だけを得ることができ、また植物側に与えるダメージも少なくて済む。
  3. 根ごと掘り取るときには、引き抜くよりも山菜取り用の根掘りを使った方がよい。
  4. 好天のときには、乾燥・高温に加えて植物の蒸散も盛んであるため、採取した植物は思いがけないほど短時間でしおれてしまう。しおれを防ぐためには、採取後すぐにビニール袋に入れる。袋に入れるときは、根や地下茎から泥が他に移らないこと、花や実が傷まないことに注意を払う(そこだけ小さいビニール袋か新聞紙で包むなど)。また、しおれてしまったものは、しばらく水にほとばして元に戻るのを待つ。

植物のからだは、動物と比べると、「1個体当たりの器官の数(眼の数、足の数、など)が決まっているということはごくまれで、大きい個体の方が多数の単位からなることが多い」という特徴があり、その結果として反復した構造をたくさん持っています。適度に省略して、その分の労力を細部のスケッチと観察に向けるべきです。

植物器官の表面を覆う表皮には、毛や気孔など、さまざまな特徴的な構造が見られ、同じ種類であっても、部分によってようすが違うことがあります。肉眼で分かりにくいものは、表皮をはがすか、接着剤あるいは液状絆創膏、スンプ法で写し取って顕微鏡で観察ができます。

つぼみ・花・実は、刻々と姿を変えていきます。そのようすは、花ならば、開きかけのものからしおれかけのものまで複数の花を比べることで把握することができます。材料を採集するときに、あらかじめこのことを念頭に置いて、さまざまな段階が揃っているようなものを採集する方が便利です。また、花がついている枝だけ追加を採っておくのもよい方法です。


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